伊藤探偵事務所の混乱 21

慌てて、何事も無かったようにソファーに座りなおした。
KAWAさん:「お先に、もばちゃんもどうぞ」
バスタオルを体に巻いたまま、ドレッサーの前に座った。
ぼくは、そのままソファーに座っていた。
KAWAさん:「何してるの? 早く入ってきたら? その間に仕事を片付けとくわ」
「あっ、はい じゃあ失礼して」
風呂の扉のところまで来て大事なことに気がついた。
「あの、着替え持って来てないんで・・・」
突然、KAWAさんがやってきて 着ているものを強引に着替えさせられて きのみきのままで出てきたので、着替えどころか何も持っていない。
KAWAさん:「アハハ、そうね」
立ち上がって、トランクのところまで言った。
こちらを見ながら、短くウインクをして。
KAWAさん:「もー、本当にわたしがいないと何にも出来ない旦那さんなんだから」
ごそごそ、トランクの中から着替えを出してくれた。
KAWAさん:「はい、お着替えョ」
「あっ、はい ありがとう」
着替えを持ってきたKAWAさんからは石鹸のいい匂いがした。
目線が、ついバスタオルに行く。
KAWAさん:「はいっ、廻れ〜右」
「はいっ」
KAWAさんに180度回されて、背中を押されるように浴室に入った。
KAWAさん:「あとでね〜」
浴室のドアを開けると、湯気の暖かい感じが肌を包んだ。
お湯は、浴槽に既に満たされていた。
肩まで漬かれる大きな浴槽だった。
お風呂の中には、アヒルのおもちゃが浮かんでいた。
きっと、KAWAさんが持ち込んだものだろう。
ちっともたいした事はしていなかったが、何故か気の抜けない一日で精神的に疲れた。
そのせいか、お風呂の暖かさが体に染み込んでゆくようだった。
体を洗うと。KAWAさんと同じ匂いがした。
気持ちがあせる分、自分が何をするか自信が無かったので ゆっくり風呂に浸かっていた。
大きく動いた瞬間に、世界が1/3程ずれるのを感じて、のぼせてきた事を自覚し 風呂を出た。
KAWAさんのくれたパンツと寝巻き。
それを着て、外に出た。
リビングには、机の上に書類を広げて必死で書き物をするKAWAさん。
KAWAさん:「おかえり」
立ち上がって、部屋の冷蔵庫からビールを取って渡してくれた。
KAWAさんが着ているのも、僕とおそろいの柄の寝巻きだった。
KAWAさん:「ごめんね、もう少しで仕事が終わるから ビールでも飲んで涼んでいて」
体から吹き出る汗が、この部屋が暑いせいではない事はわかっていた。
ビールを、一缶の半分ぐらい飲み干した。
のどに入る冷たい液体の感触は気持ちよく、苦味がのどをくすぐった。
余計に汗が噴出したが、嫌な感じではなかった。
それよりも、一度は収まったはずのどきどきがKAWAさんを見たとたん又蘇ってきて ビールで潤したはずの喉は、からからだった。
KAWAさんは、書類の束をめくって 数を数えている。
何回か数え、数が合ったのを確認すると 一気に顔が明るくなった。
KAWAさん:「しゅーりょー」
ばんざいをするように両手を天に向けて言った。
「お疲れ様」
あたらしいビールを、冷蔵庫から出してKAWAさんの前の机の上に置いた。
KAWAさん:「ありがとう」
缶を開けて、KAWAさんも一気に半分ぐらい飲んだ
「ぷはぁー、おいしいね。でも、風呂上りに飲んだ モバちゃんの方がもうちょっとおいしかったんじゃない?」
「そんなことは無いでしょう、でもKAWAさんのくれたビールだからちょっとおいしかったかも」
KAWAさん:「ちょっとだけ?」
「一杯のような気がします」
KAWAさん:「よろしい!」
「ところで、仕事は終わりました?」
KAWAさん:「うん、大体。本当は、これからが仕事なのにね」
少し考え込むKAWAさん。
「今日の分が終わったら、それでいいですよ。」
KAWAさん:「そうね、せっかく新婚で おそろけのパジャマ着てるんだから楽しまなきゃね」
僕の顔は、KAWAさんの言葉に反応して真っ赤になった。
KAWAさんは、テーブルにビールを置いて立ち上がった。