伊藤探偵事務所の混乱 57

食事は静かに行われた。
というより、みんなしばらく食べてなかったことを思い出したからである。
だから、静かにと言うより喋らず食べたと言うのが正しかった。
正式なテーブルマナーを強いるように用意された食事だったので(kilikoさんやりすぎ・・)流石に手でがつがつといった雰囲気ではなかった。
kilikoさん:「生憎、飲み物がお揃え出来ませんで・・」
みんなのグラスに注がれているのは、小さな泡が緩やかに時々立ち上がる。
上品なシャンパンのように見えるリンゴの果実酒だった。
アップルワインと呼ばれるこのお酒は 1%程度の低いアルコールと 甘い口当たりが良く、少し汗をかいたことを考慮した 濃い目の味付けの料理に良く合った。
後日考えると判るのだが、これはkilikoさんの気遣いではないかと思う。
現に、迎えに来た時にはarieさんにシャンパンを用意していた。
また、これだけの用意をしているなら(料理の中にはワインの入ったソースなどが使われている)飲み物の用意が出来ないはずは無い。
恐らく、これからのことを考えて アルコールの入ってない(少ない)飲み物を用意したのであろう。
高ぶる気持ちを抑えるために、みんながアルコールを要求するだろうと思い先に手を打ったのだろう。
食事は、少し いや大変高級すぎて口に合わないものも少なくは無かった。
しかし、恐らくこれはarieさんの趣味なので仕方が無いのであろう。
しかし、僕は料理を残して気を使う必要が無かったのが救いであった。
勿論、隣に座ったKAWAさんが平らげてくれたからである。
ここでも、kilikoさんの気遣いは発揮され、みんな同じように盛られた皿に見えたが、実際は僕たちのお皿では、食材で上げ底して多く見せ KAWAさんのものはそういったものを取り払い実容量で盛ってあった。ただ、それ以上にKAWAさんの食欲がすごかっただけである。
恐らく、長い時間をかけて食事を食べたのであろう。
巧妙にコントロールされた時間配分で、時の流れる感覚が無く ただ、お腹の中に満足だけが残ったからである。
食べ終わったら、おもむろに部屋を片付け始めた。
kilikoさん:「不調法なもので申し訳ありません。皆様で全員お座りいただける部屋はここしかございませんもので」
慌しく片付けて、部屋を整えた。
kilikoさん:「これからの進路ですが・・・・」
テーブルの上にはプロジェクターで地図が映し出された。
そして、今までに軌跡とerieriさんの指定したポイントが光っている。
部屋の電気がいつの間にか暗くなっている。
kilikoさん:「まず、こちらのポイントに向かっております。」
手元の機械を操作すると、2段階に分かれて地図が拡大された。
目的地付近の智頭だと思われる。
arieさん:「で、さっきのを重ねてみるわけね」
kilikoさん:「御明察、では、重ね合わせます」
地図の上に、薄い膜のようにあのスカーフの柄が重ねあわされた。
まるでスカーフが透明の素材の上にプリントされているように地図の上で透けて見える。
erieriさん:「2K程南ね、なかなかいい勘じゃない あたしも」
kilikoさん:「お見事でございます で、修正いたします」
arieさん:「で、そこからは?」
画面が切り替わった。岩山の写真である。
kilikoさん:「こちらのほうをご覧ください」
レーザーの赤い点が示すところを、また何段階かに分けて拡大した。
岩山に切れ目がある。
kilikoさん:「これに X-Rayを掛けますと・・・」
その切れ目から 脹れた黒い塊が繋がっている
arieさん:「なるほど、そこが怪しいわけね」
所長:「危険度は?」
kilikoさん:「いま、地図を頂いたばかりなので 詳しいことは判りかねます」
西下さん:「少なくとも、近くに生物の気配は無い。逆に言えば なにか普通に生物の入れない自然のガードがあると考えるのが普通ですがね」
所長:「僕は留守番していていいかな?」
kilikoさん:「お一人で、やってくる敵を足止めしていただけるんでしたら 願ったりかなったりですが」
所長:「しかし、ここは所長である私が行かないわけには行くまい」
頼りの無い胸をたたきながら言った。
arieさん:「いけば何があるかはわかった?」
kilikoさん:「いえ、今のところは」
西下さん:「こちらも同様」
arieさん:「じゃあ、やはり行くしかないわね」
erieriさん:「お宝だったら?」
所長:「売れるものなら何でも売るが、我が事務所のモットーなので」
もみ手をしながら所長が言った。