伊藤探偵事務所の爆発 25

足を開いて、膝を曲げる。
腰を低く構えて、掌を前にしてゆっくり押し出してゆく。
掌の動きは真っ直ぐだが、肘の動きや肩の動きは滑らかに円を描くように流れてゆく。
そして、前まで行ききったところで掌の向きを変え やはりゆっくり外側に動かしてゆく。
掌が変わるのと同時に、足の指先を軸にしてかかとの向く方向が変わりゆっくり状態もそれにしたがって前に出てゆく。
いわゆる、太極拳の型であろう。
もう、局長だか所長だか言われる人は怒って帰ってしまい、shengさんは一緒に出て行った。
おそらく、逃げられないように監視する意味で、未来さんは残っているのだろう。
僕は、相変わらず体が包み込まれるようなソファーに倒れこんだままである。
二日酔いから、薬のお陰で立ち直った物の 怒鳴り飛ばす時には出て行きにくく、二人っきりになっても起き出し難くそのまま倒れこんでいる。
もっとも、この我慢が続くのももうしばらくで、生理現象があるのでそう遠くない未来に立ち上がらなければいけなくなるだろう。
しばらくは黙って座っていたが、恐らく日課であろう体操を始めた。
拳法というのかどうかはわからないが、柔らかい動きが伺える。
未来さんは、目を瞑って瞑想しているように動いているので 目を開けて覗いていても解らないだろうと さっきから見ていた。
掌を胸の前で合わせて、大きく低く息を吐き出して動きを止めた。
未来さん:「少し気分は良くなりました?」
息を吐き終わったところで、こちらに向いてにこっと微笑みながら言った。
多少表情が強ばって見えたのは、僕の思い込みかもしれない。
「絶好調と言うわけにはいきませんが、なんとか」
未来さん:「昨晩はご迷惑をお掛けしました」
「もういいんです、忘れてください」
あまり触れられたくない話である。
やっぱりそのまま不貞寝した体制を崩せない。
未来さん:「やはり怒ってらっしゃいますのね」
いままでの、事を考えれば そう、事務所を爆破されたのもそうだし、過去に遡ればもっと酷い事だってあった。
それが、悪いことだと思う倫理観も 無かった。そんな倫理観を卓越したところに生きていた人たちを見てきたからである。
でも、そう 人の心の弱さを突くような事は好きになれない。
でも、それすら他の人たちに笑われそうで嫌だった。
恥ずかしさもあったが、そんな世界に未来さんがいることも我慢できなかった。
所詮自己嫌悪だとわかっていても・・・
「ち、違うんです」
なんとなく、未来さんの心配に答えることも出来なかったし 否定することも出来なかくあいまいな返事になった。
未来さん:「そうですよね、怒りますよね」
未来さんの顔は少し曇った。それでも精一杯にこやかな顔を作ろうとしている。
未来さんも、人を騙して精神的に負担に感じてるんではないかと 少し安心した。それと同時に、このままではもっと悲しませると思った。
「未来さんは知ってました? このテストのこと。」
単刀直入に聞いてみた。
未来さん:「そんな、しっ・しりません 本当に」
「本当ですか?」
あまり強く否定するので聞いてみた。
未来さん:「・・・・信じてもらえませんよね」
信じてないわけではなかったが、やはり素直に信じることは出来なかった。
未来さん:「ちょっと、そこを動かないでくださいね」
未来さんは、自分の部屋に走っていった。
そして、帰ってきた時には3個の見覚えのある靴の箱を持っていた。
未来さん:「これ、もう戻せないと思いますけど お返しします」
記憶がずいぶん怪しいが、昨日 未来さんに僕が買ったものだ。
「それ、靴が壊れて買ったやつじゃないですか 無いと困るでしょ!」
未来さん:「でも、戴けません・・・」
すでに、笑顔を保とうとしていた未来さんだが 笑顔は消えていた。
「信じています、信じていますから そんな事言わないで下さい。」
本当かどうかは判らないが、騙されなれている僕は 未来さんの曇った顔を取り除くためなら騙されてもいいと思った。
未来さん:「でも、お返しします。でも、頂くわけにはいきません」
「でも、一度あげたものですし、僕には履けませんのでどうぞ」
未来さん:「いえ、やはり頂くわけには」
“こん こん”
未来さん:「はい!」
入り口のドアから音がして、入り口のドアに向かって歩いてゆく未来さん。誰かが来たようだ。
この間に、何か打開策を考えなければ・・・・すごく気まずい。
未来さん:「はい、ありがとうございます。 はい、では」
だれかが、来たようだ。そして、もう帰ってしまったようだ。
未来さんが帰ってきた。そして、その表情が明るくなったわけではなかった。
未来さん:「靴」
「靴、貰ってくれるんですか?」
未来さん:「いえ、靴が直ってきました。これだけはありがたく頂いております。」
「直ったんですね、良かった」
閃いた。
「靴、見せてもらえますか?」
未来さん:「?? はい、どうぞ」
未来さんが、直ってきた靴を見せてくれた。
履きなれた靴のようだが、あまり変な癖が付いていないことから、やはり綺麗な歩き方なんだと。しかし、あまりしげしげと眺めていても変な人扱いされてしまう。
「さすがに綺麗に直しますね、何処だか判らない。それに早い、昨日の今日なのに」
未来さん:「そうですね、早かったですね」
「でも、早すぎますね」
未来さん:「はい?」
僕は、未来さんの見ている前で、未来さんの靴のかかとを折った。
未来さん:「あっ・・・」
無意識に僕のほうに手が出た。
「これで、僕の靴を履いてくれますね」
にっこり笑って未来さんに聞いた。
未来さん:「馬鹿!」
とりあえず少しだけだが微笑が見えた。