空気が重い

結局、彼女の妹のアルバイトの時間が終わるまで店にいることになった。
たっぷり一時間、「ご主人様の為のコーヒー」を3回も悪魔の誘いでおかわりさせられた。
出来れば、僕もとっとと逃げ出したかった。
コーヒーがテーブルに置かれるたびに
「ご主人様、お砂糖はいくつにされますか?」
と効かれて返事するところまではともかく
「じゃあ、一緒に数えてください い〜ち、に〜」と一緒に言わされる恥ずかしさに耐えられない。
その上、「いっしょに “ぐるぐる”と言ってくださいね!」と言われて 大の男が一緒にぐるぐる合唱する恥ずかしさと来たら、別格である。
言っている本人が一番恥ずかしいのに、一緒にいた他の奴らが咲きに逃げ出して一人にさせられた。
正確には、一人+二人だったのだが 一人でいるより恥ずかしかった。
目の前では、「乙女の気持ちいっぱいパフェ」をうれしそうに食べる彼女。
「食べる?」と効かれて、ストロベリーで色づけされたハート型のゼリーをフォークにさして出されてもどうにもならない。
明らかに遊ばれているとわかっていても、ここでは手も足も出ない。
 
おまけに、時々様子を伺いに来る「メイド姿」の彼女の妹にはファンが多いようで、周りの視線は明らかに敵意がこもったもの。
本気なのか冗談なのか どこからか取り出したわら人形を打つ真似までするやつまでいる始末。三杯も一緒にぐるぐるしておいて 俺は無実だと訴えても許してはくれないだろう。
せめてもの救いは、彼女が嫉妬深いファンのおかげで ご指名の注文が相次ぎここに来る余裕が無くなったことである。
ただ、興味深げに様子を伺いに来る 同じ店のほかのメイド達が ちらちらと横目でこちらを伺いに来る。
ここに来る男たちの視線と同じ視線を一身に集めて嬉しいはずなのだが、よく考えて欲しい。彼女の いや「メイド姿」の彼女の妹と彼女とのと思われるメールのやり取りのことを 噂なりとも聞いていたりしたならと思うと彼女たちの視線が痛くて顔が上げられない・・・・
 
店を出るときも彼女の妹は 中にいる男どものお見送りつきで送りだされた。
私服(?)と思わしき服装はある意味メイド服より恥ずかしいかもしれない。中は確認できないが首筋に長い紐をおおきく長著に結んで丸でミニスカートのような長さのマントのようなものをはおり ひざ上まであるような長いブーツを履いている。
ブーツにもマントにも白いファーがついていて肌の境界線がぼかされている。
髪型は仕事にあわせてセットされているのであろう耳まで隠れるピンクの帽子で隠されている。白いリボンがまるで猫の耳のように頭の上に大きく飾られている。そんな子が、「待った〜」と言って腕にしがみついてくる。
周りの視線が気になって周囲を見渡したが、みんな呆けている。
鼻の下が異常に伸びていることから、おれを自分に当てはめて妄想の世界にいるようで視線が気にならなくて住んだことだけが救いだった。
ある意味場所が秋葉原でよかった。こういった格好の子を連れていても違和感が無い。
 
前言撤回
確かに秋葉原ならこんな子を連れていても違和感が無い。
しかし、それも程度ものである。
周りのカメラに手を振って応えるほどの有名人だとは知らなかった。
自分のこめかみに指を当てて自分に暗示をかける。
「俺はこの子のマネージャー・・・」
忘れていた、もう一人の悪魔の存在を
「逸れそうだから、三人で手を繋いで・・・」
何を言い出すんだこの悪魔は、そんなことできるわけが無いだろうこの状況で。
「は〜い」
素直な妹の返事と、手をよけるより早く動いた手。自分が見られていることを意識しているのか 両手で俺の手を握って カメラに向かって首をかしげて舌を出す。
すでに俺の思考は停止寸前の状態だった。
 
日曜の秋葉原歩行者天国にはあちらこちらでメイド服やそれ以外の非常に挑発的ないや「萌え」と呼ばれる服を着た人たちが集まっている。
そして、それを見学する為にかそうでないのかまでは理解できないが 飛行機に乗って十数時間かけてきたとしか思えない国の人たちと思われる人まで集まって 車が通らないのをいいことにいくつかのコロニーを作っている。
そしてそのコロニーの一つになったときにチャンスを見出した。
「ぢゃ、そういうことで またね」
右腕をロボットのように耳のそばまで上げて、能面のように固まって表情のなくなった顔で言って 脱兎のように駆け出した。
「こら〜、卑怯者! かえってこ〜い!!」
彼女が両手を振り上げて怒っている姿は想像できたが、振り返ると良くないものが襲ってきそうだったので 振り払うように駆け続けた。