宇宙人?

「そんなに引っ張らなくても付いてゆくから・・」
簡単に言うとヘッドロック。難しく言えばわき腹頭部抱え。
プロレスで言えば、そのままロープに振り飛ばされてそのまま跳ね返ってドロップキックを決められそうな状況である。
唯一違うのはちっとも不快でない感触と、何でこうなっているのかわけが判らないこと。
無言のままずるずると、学食の外まで引きずられた。
 
「黙ってて」
くらくらする、頭を振りながら彼女の言葉を聴く。
「何すんだよ!」
ようやく上げた顔で言えたのはその一言だけだった。
「詰まんないことで大の男がごちゃごちゃ言うんじゃない」
とんだ言いがかりである。勿論詰まらない事でもない。
「見たんでしょ?」
続けて彼女が言った。
確かに見た。ピンク色の・・・・・いやしかし、それは俺のせいではなく。
「朝引っかいたのよ、なんで男の癖に詰まんないところ見ているのよ?」
少し、下を向いて恥ずかしそうに言った。
彼女の背中には、背筋に沿って縦に10cmほどTシャツが裂けていた。
そして避けた隙間から確かに見た。
綺麗にそろった背骨のラインと、そこにまたがる橋のようなピンク色の布地を。
「大体なんであんなに恥ずかしいことをたくさんの人がいる前でしゃべろうとするのよ!」
怒鳴るのが彼女の得意技のようで、そのまま暫く怒鳴られ続けた。
 
理不尽を並べ立てると切りがないがそういう女性である。
最初から、そう 最初に学食に入った時点でコーヒー代は前払い。勿論初めて学校で知り合った女性であるし下心もあった。しかし、先に支払っていることに余計な理由なんか要らなかった。
その後のことに関しては、完全な冤罪である。
それでも一緒にいたのは乗ったことの無いBXを見たかったからに他ならない。
宇宙船と称されるシトロエンのデザインを。
 
公園は、浮浪者のたまり場である。
説明会でも説明を受けるような場所である。近づくなって・・・
そこに向かってずんずん歩く彼女。まるで俺なんかいないかのように。
よく、車で通学することを勿論禁止しているので 車を留めに行って色々な事件が起きる。
来るまでの通学を禁止したところで聞く分けない事位学校側も判っている。しかし、事件が起きるのはいただけない。
故に禁止されていて起こらないことを、くどくどと説明する必要性があるのだ。
そこに向かって、歩いてゆく彼女。
説明会が今日だから知らなかったと言うところだろうか?
 
「やほ〜」
公園に着くなり楽しそうに手を振る彼女。
答えたのはまさかの浮浪者。
道端のダンボールの中から現れたのはシトロエンだった。
「何でこんなところに?」
驚く僕の問いに答える彼女は言った。
「宇宙船ぽいでしょ」
ぽいかどうかはともかくまず無いことである。
「本当は、今朝来たときに 暇そうなおじさん方がいたので契約したのよ」
「契約って何?」
思わず聞き返した。
「駐車違反で捕まりたくないの、誰かがいれば違法駐車じゃないでしょ? 勿論、ダンボールで隠してくれたのはサービスかな?」
「あの人たちは、駐車場の人?」
しつこく聞き返すと続けて答えてくれた。
「世間で言うところの不法占拠者。だけど彼らに駐車違反は適用しないでしょ 恐らく。一日100円で車の面倒見てくれるように頼んだら二つ返事だったわよ。」
つまり、公園を占拠している不法占有者に車を預かってもらい その代わりに一日100円の報酬を提供しているわけだ。思いついたとしても普通の人流行らないと思う。
 
シトロエンBX
今までのシトロエンの姿からは想像できない変化を見せた車でファンの中には正当性を認めない人もいる。
ただ、その先進的な姿は時折宇宙船にたとえられることもある。
もちろん、それは姿だけでなくサテライトと呼ばれるハンドル周りの独特のスイッチワークからも言われるのであるが、これは伝統なのでやはりスタイリングからの名前であろう。
ただし、公園のダンボールの中に隠されていて突然現れたことから付けられた名前で無い事は間違いなく確かであった。