[おはなし]繋がる電波と、繋がらない気持ち・・・・(前編)

「いいですか、人には喜怒哀楽のたった四つの感情しかないわけではないのです。
理解できない世代といわれている若者たちが最も携帯デバイスをうまく使いこなし、最もよくお金を落としてくれるユーザーなのです。
たった四つの感情を、無限のパターンに広げて表現しているのが 絵文字であり顔文字なのです。
「今何をしている?」
という問いに皆さんはどう答えますか?
「orz」で相手に伝わる気持ちがあることを、彼らは彼女たちは理解しているのです。
携帯電話で繋がり続けている彼らに きっと喜ばれる企画が今回の提案です。
常に、5分に一回サーバーを通じて伝えられるのは、彼女たちの今の状態。
メッセンジャーのデフォルトのメッセージの「取り込み中」や「退席中」なんて画一的なものでは表現しきれないのです。
「orz」と書いてあれば、親友は声をかける 彼氏なら電話をしてくる。そしてただの友達は拒絶するということが彼らの間では自然に理解できるのです。
彼らの言葉を彼らの携帯の電話帳に入れるのです。
そしてそれをリアルタイムで配信するのです。
そして、一人の相手を選択すると 以前に何度か変わった感情の変化が確認できるのです。
お互いが携帯電話を持つだけで、彼らは感情の共有が出来るのです。
いずれ、そう 使い始めた彼らは自分たちの間でルールを作り このメッセージは連絡可なのかどうか等のルールを勝手に作り出し、自らのルールで運用するようになります。
そして、お互いのことを示すバロメーターとして必須の昨日として受け入れられるでしょう。
携帯電話ベンダーにも5分に一度程度の1パケット〜5パケット程度の消費で連絡できるために回線の負荷も少なくパケットの利用を促進できる為に導入に対する抵抗も少ない為に このプロジェクトの導入は極めて迅速に行えます・・・・」
壇上に立つ彼女は自信満々に自らのプロジェクトの説明をする。
確かに登録している相手の状態や感情が携帯電話を通じて確認できるのはすごいアイデアだし、遡ってそれを確認できるとなれば 邪魔をしてもらいたくない状況などが簡単に確認できる。
ルールを自らの中で作ることで、押し付けられた「取り込み中」等のメッセージではなく 仲間同士の間でしか通じないような 現在の状況を表現し仲間のグループ感を表現する手法等は見事である。
例えそれが社会的問題になったとしても、ユーザー自ら作り出したルールなので提供する側が責任を持つ必要もない。
完璧なアイデアである。
ここまでプロジェクトの資料を作るのに協力してきた事も在り、思わずクライアントの見えないところで小さく手を叩いていた。
 
「おつかれさまで〜すぅ」
大盛況のうちにプロジェクトにゴーがかかった。
わが部隊としてはこれで約一年は忙しい思いをする反面、約一年の間は自らの首を繋いだのである。心からのお疲れ様を伝えたわけである。
「社会人としてそのふざけたしゃべり方はしないで!」
笑顔ながら手のひらをこちらに向けた状態で天井に向けられて伸ばされた人差し指と、握られたそれ以外の指が私の目の前数センチに迫る。
彼女の一番直して欲しい癖の一つである。
 
「かんぱ~い」
会社に帰って報告を済ませば、今まで遅かった分今日は早く帰れる。
近くに居る分、仕事が同じだからこそ抜け出してデートも出来ないのだが 今日はゆっくり二人っきりで食事が出来る。
「よろこんで〜!!」
後ろに声が聞こえるのは大衆酒場。
「メディアに踊らされるのは馬鹿だけよ。本当においしいのはこういう店! チェーン店は駄目よ!」と彼女が口癖のように言う通りの大衆酒場である。
二人っきりで小さなテーブルを挟んでゆっくり話をするには向いていない。
ポケットの指輪はそういう訳で登場の機会を失い続け、この勇猛果敢な食欲に彼女の指のサイズが変わることが心配になるほどであった。
「愚痴を言うのにこんなに向いた店はないでしょ」
私の微妙な表情を見透かしたのか、彼女は言う。
「愚痴?ですか」
愚痴をいいたのは僕のほうで、ただ彼女にそんなこと等わかるはずもなく・・・・
「仕事でなければあんな馬鹿げた企画は出せないわね」
一気に飲み終えたジョッキに視線を合わせたために少し伏目がちな視線で彼女は言う。
「大成功だったじゃ無いですか!」
まるでバレーのスパイクを打つ直前のようにジョッキを持ったまま上げられた。
「は〜い」遠くから聞こえる店員の声
なじみの店だから判る彼女のお替りの印。
「自分の言葉で人に気持ちも伝えられない馬鹿相手の商売なんて最低だわ!
人に自分のことをわかってほしければ自分の言葉で伝えるのが筋って物よ。
何がマニュアルよ、相手に遠慮したり 人と同じアプローチなんかされてうれしいと思っているのかしら?
ただ、情報が多いだけで好かれて 情報が少なければ嫌われるなんてばかげた基準で人の好き嫌いが決められるんなら養鶏場の鳥と同じよ!
そんな仕組みを提供して喜ばれても、大量生産のブロイラーを作ったようで胸糞悪いわ」
「お待たせしました」
慣れた手つきで女性の店員がテーブルにビールのジョッキを一つ置く。
手には二つのジョッキを持っていた。
彼女は一気に机の上に置いたジョッキを飲み干した。
そして、女性の店員はもう一つのジョッキをテーブルにおいて、二つのからのジョッキをもって店の奥に消えた。
「見た?」
僕のネクタイを握って彼女は僕の顔を引き寄せて言う
「こういう所が人と人との付き合いよ。電卓みたいな機会を叩いていてこんな対応は出来ないんだから!」
いやいや、そんな飲み方をする人が珍しいから店員が覚えているだけだけど ここで口を挟むと長くなる。
ましてや彼女がこんな愚痴を話してくれるのは僕だけで 唯一の被害者で 唯一の理解者だと思っているから僕は傍にいられるんだ。
いつものように笑顔で彼女を見つめた。