Miss.Lの幼馴染(創作です)

いきなり正面に立ちはだかったチャイナドレスの女性。
腰の辺りから視線は少しづつ上のほうに。
体の曲線と同様に途中で引っかかる。
視線も不思議なもので 男性限定ではあるが まるで体の曲線の変化をなぞってゆく過程で大きなでこぼこには引っかかってしまう。
今は腰の凹みから上がった視線は二つの山の頂を上りきったところで小休止に入った。
もう一度腰のところに視線が戻ったのは不自然な腰ベルトのせい。
チャイナドレスに腰ベルトのファッションセンスがおかしいことと、腰ベルトなんか必要も無いほどのくびれがあるから。
 
「お知り合いですか?」
小柳刑事の問いかけに疑問を満面に答える
「私が聞いているのは、一応世界のブラックリストに載る殺し屋ぐらいは頭に入れる教育を受けていると・・・・」
髪の毛をぼさぼさのまま後ろに縛りTシャツにひざ下までしかないジーンズにつっかけの女性の言葉とは思えない。
国際的な感覚のずれを感じる。
「日本ではテロリストも殺し屋も来ないので そんなものは習いません」
日本の常識を理解してもらうために言った。そして、その話の矛盾点に気が付いた。
じゃあ ここにいる女性は何なんだ?
「じゃあここにいるのは?」
こちらの疑問をフォローするように彼女はそのまま言葉を続けてくれた。
勿論、疑問に対する回答ではない。
「ルージュ、そしてノワール。彼女の名前よ」
どうも彼女の名前らしい。
紹介されると少し会釈をするように頭を下げた。
「はじめまして」
ズボンで手を拭くようなしぐさをしてしまうのは相手が美人だからなのか スタイルのせいなのか何か卑屈な気がするが癖のようなもの。
外人相手だとつい握手をしようと手を出してしまうのも癖なのだろうか?
 
瞬間目一杯払われた足と首筋に当たるひじが呼吸を止めた。
身に付いた護身術のおかげで辛うじて尻餅を付くだけで済んだ。
間抜けなのは握手するために出した右手がそのままなこと。
相手も握手のために出してくれたと思った右手なのだが何故か指はピンと伸びて爪は無機質のように赤く光っていた。
「良かったわね 死ななくて・・」
肘も足をかけたのも彼女だったが最初に言葉を発したのも彼女だった。
「Miss L!」
そう問いかけるのが精一杯だった。
「はじめまして」
無機質な声で答えたのはルージュと呼ばれる彼女。
口元の両端がじわじわと持ち上がり 顔全体では笑い顔に見える。
笑いが凍り付いて思えたのは思い込みではないでしょう。
Miss Lが右手を後ろにして半身に構える。
多くの拳法で見せるのと同じ構えで 相手に相対したときに相手に見せる面積つまり相手の攻撃できる場所を狭くする構えである。
空手のように、攻めを重視し打ち出しやすい構えのものもあるが この場合は相手からの攻撃を受けにくく考えられた構えである。
そして武器を握るであろう右手は体の後ろ側にと理想的な構えの一つである。
この構えを取ったということは 相手に攻撃の意思ありと認めたということで そんな相手に手を差し出した自分の迂闊さに平和ボケを感じる。
伏線はあった、相手は国際的ブラックリストに載る相手 こちらから握手するような相手ではない。勿論、顔中に電車が走っている地図記号を書いてあるような 人間の皮をかぶったゴリラのようなやつなら間違わなかったのだが悲しい男の性である。
 
体の柔軟性は格闘技を習うものにとって最も大事な素養の一つである。
一撃必殺が出来ないのであれば、相手の攻撃を受け流すことが出来なければ勝ち目は無い。
特に後ろに下がることは他の方向に向かうことに比べて一テンポの遅れがある。
ルージュと呼ばれる女性の手が上から下へと振り下ろされる。
気が付いたときには彼女の腰からベルトが無くなり、彼女の振り下ろす腕の先は銀色に輝く流れ星が走った。
振り下ろされた腕に、Miss.Lは驚くほど速く反応しバックステップを踏んで下がろうとする。
通常相手と相対しているのであれば横向きに避けるのであるが半身に構えている以上後ろに下がって避けるしかない。
振り下ろす速度が速すぎるので どうしても反応が遅れる後ろ向きへの動きが間に合わない。
ステップだけではなく上半身を限界まで逸らして避けている間にバックステップを間に合わせるしかないのだ。
髪の毛はきっちり括られているので犠牲にはならなかったが、胸の辺りのボタン指先から伸びている流れ星に刈られるように二つ飛んだ。
 
ルージュの引いた腕には蛇のように見える銀色の帯が巻きついていた。
ゆっくりと布で出来た袋が空から落ちてきた。
この色は見覚えのあるチャイナドレスに巻かれていたベルトの色。
「何ですか これは?」
適切な言葉とは思えなかったが、何か口から言葉をしゃべっていないといたたまれない状況だった。
「腰帯刀(ようたいとう) 中国の暗殺用の武器よ!」
かするほど近く刃が通過したにも関わらず、冷静な言い回しだった。
勿論、聞きたかったのはそんなことじゃない。
振り下ろすときは刃だったが、引き戻すときは帯のように撓みながら帰ってゆく。はじめてみる不思議な動きをする武器だったが そんなことを気にしている場合じゃない。
思い出したが俺は刑事で、目の前で殺人事件がライブで行われているのを止め無い訳にはいかない。
「動くな!」
自分でも十分に馬鹿なことを言っていると思うが、いつもの習慣で出てきた言葉である。
勿論、習慣で懐を探っては見るが いつも拳銃を持っているわけではないので思いつく武器は持っていなかった。
勿論、右手を出したまま地面に座る込んだ格好のままで言っているので外から見ても十分間抜けな格好だった。
ただし、あまりにも非日常的な出来事だったので 周りの人たちもそれを気にしている風でもなかった。