伊藤探偵事務所の混乱 62

「シェンさん左」
シェンさん:「はい?」
「早く、KAWAさんの後を追って」
シェンさん:「は、はい?」
所長:「悪いね、若いのは見境無くて」
所長もぬりかべさんもにやにや笑っている。
西下さんとの話を聞いてたのだろうか、それとも、ただ楽しんでいるのか。
西下さん:「多分、同じコースじゃ間に合わないと思うよ」
「西下さんどっち? 早く」
西下さん:「いいか、そこからだと右に岩山が見えている。そこに上って敵をひき付ける積りらしい」
「それで?」
西下さん:「ところが右のやまのうえに敵がいて、狙い撃ちになってしまう訳だ」
「じゃあ、右の山ですね」
西下さん:「そう、で 山の中腹ぐ・」
シェンさん:「右の山を登って」
シェンさん:「あんなところに道ないね!」
「そこを何とかしてください」
西下さん:「話を聞かないね、中腹まで行けばぬりかべ君のランチャーの射程に入る。そうすればこちらが早ければ相手がKAWAさんに気が付く前に間に合うよ」
「ぬりかべさん、ランチャーの用意お願いします」
ぬりかべさん:「了解」
右の山には確かに道は無い。岩山で無いのが救いでそれでもなだらかな道とはとてもいえないごつごつした山である。
そこまでの道でも十分乱れた道で、激しい突き上げがある。
しかし、自分で道を見据えながら走ると、自然と体が備えるもので いつの間にか後ろの荷台で立ち上がっていたのだが、両足が車のゆれに合わせてリズムを刻んでいた。
所長:「arie君たちが、敵の部隊と遭遇したらしいよ」
「で? 西下さん?」
西下さん:「あの二人なら心配ない、象が踏んでも壊れないから」
「象が壊れるかも知れませね。KAWAさんは?」
西下さん:「彼女流石だね、かなり速いよ」
「間に合いますか?」
所長:「間に合うんじゃなくて、間に合わせるんだよ」
「所長?!」
所長:「今上ろうとしている山の右の山を適当にやってくれ、ぬりかべ君」
構えていたランチャーを発射した。
右の小さな山の、頂上辺りが弾け飛んだ。
所長:「君が用意させといたから、間に合ったようだね」
「所長、今のは?」
ぬりかべさん:「あいてはあそこに誰もいないということを既に認識している。しかし、あそこが攻撃されたという事は、頂上を無差別に攻撃している可能性を捨てきれずに こちらとの距離を測らずもがな詰めてくれるという事だ」
「所長」
所長を見たら、もう助手席で行儀悪く腰を引いてだらしなく座っていた。
この揺れる車の中で、あんな座り方で座ってられるのも才能だな・・・って
シェンさん:「という事は、こっちは発見されたという事です。遠慮いらないね!」
エンジンの音が変わった。加減速の山が激しくなった。
とても立っていられなかった。
僕が立っていられたのは、加減していたからのようだ。
座り込んで(というと格好がいいがただ倒れこんだだけだった)所長を見ると座面に背中を預け前後の揺れを、首と肩で受けている。
あれはあれで効率の良い座り方なのかもしれない。
座り込んで、前が見えなくなった途端 揺れに体を合わせる事が出来なくなった。
やはり修行が足りない。
西下さん:「見えたろう、KAWAちゃんが」
「どこですか?」
西下さん:「当然 左!」
押しつぶされそうなGを何とか力でねじ伏せ、転倒時の保護用のバイプを全力でつかみ体を起こした。
「いた!」
西下さん:「その斜め上、15度ぐらい」
がけの上から覗き込んでいた人たちが、上から頭を隠した。
数秒後、がけの上に煙が上がり、一秒ほど遅れて爆発音が響く。
崖の、横の部分が崩れて岩がKAWAさんの方に向けて崩れ落ちてきた。
「KAWAさん、危ない」
声が聞こえたのか、KAWAさんのバイクは左に大きく倒され山から離れた。
「ぬりかべさん」
僕が捕まっているパイプに足をかけて、体を固定したぬりかべさんは 肩に担いでいるランチャーから4発の弾丸を、崖に向けて発射した。