伊藤探偵事務所の爆発12

arieさん:「あはは、もう良いわ」
所長:「いったでしょ、僕は女性が早く来てくれることを望んでるんだ」
ぬりかべさん:「謝られてはしょうがない」
未来さん:「では・・・・ありがとうございます」
未来さんの顔が一気に華やいだものになり、うれしそうな顔をした。
「でも、内容を聞かないと!!」
僕の疑問はいつも通り聞き入れられなかった。
arieさん:「じゃあ、帰るわね さよなら」
「arieさん、食事は?」
arieさん:「ゆっくり楽しんでね、坊やのデートを邪魔するほど野暮じゃないわ。行くわよ!」
erieriさんの手を引いて出て行った。
erieriさん:「その女が嫌になったら遊んだげるわよ!」
僕をからかうように言った。
「結構です」
残念そうな目もきっと演技だ。その証拠に、僕に投げキッスをしながら出て行った。
所長:「子猫ちゃん、帰っておいで〜」
と、所長も出て行った。
存在感を感じていなかったのだが(決して影が薄いとかではなく、その他の二人が濃すぎるんだ。その上無口だから)ぬりかべさんと未来さん、僕と三人になった。
未来さん:「じゃあ、まずサラダからですね」
手を上げて、ボーイを呼んだ。
ぬりかべさん:「俺は食い終わった。じゃあな」
ぬりかべさんが立ち上がった。
「ぬりかべさん!!」
ぬりかべさん:「頑張って借りを返してもらうんだな」
言いながら出て行ってしまった。
店の人はいるのだが、それ以外には僕と未来さんだけになった。
「じゃあ、ぼくも」
二人きりの空気に耐えられなかったので、僕も出ようとした。
未来さん:「待ってください、お食事を」
“がちゃ” ドアを開けた。
ドアの前には、arieさんが立っていた。
arieさん:「あなたは、ここでご飯を食べて今日はこのホテルに泊まるの!! いい!!!」
「でも、arieさん」
困って、言い返した。
arieさん:「理由は、あの女に聞きなさい。じゃあね」
“ばたん”
僕が開けたドアは、そのまま閉められてしまった。
閉められて風圧に負けて、二歩か三歩下がった。
未来さん:「そういう風に言われていますので、どうぞお座りください。お食事をご用意いたします」
ボーイの薦めるままに、改めて未来さんの隣の椅子に座った。
上目遣いにこちらを見る未来さん。
手にはワイングラスが。
ボーイが僕の手の前にもワイングラスを差し出した。
そのまま手を伸ばしてワイングラスをとった。
未来さん:「かんばい」
文字で書くと陳腐だが、ひらがなでしか表現できない言い方だった。
一段と低い声で ささやくように言った声は、自意識過剰なのだろうか耳元でささやかれたように耳が少し痒くなった。
耳の中で、何かが動いたような気がするむずがゆさだった。
背中の脊髄の中も何かが走った。
「かんぱい」
僕の声が、嫌に下品に感じられた。
感情のこもらない、抜けたような声に感じられた。
クリスタルグラスの触れ合う音と、未来さんの声のどちらが可愛いか比較しながら、グラスの当たる瞬間目をつぶって聞いた。
音の余韻に浸りながら、グラスが無意識に口に近づけられた。
口の中に含まれたワインは、過度に冷やされてなく まるで、冷房の利いた部屋にいた女性の口付けのような冷たさだった。
のどの奥に注がれるのも舌で二すじに分かれて、右側と左側とに分かれて流れてゆくのが判った。
口の中で暖められたワインは、液体というより形を持たない個体のように、喉を滑り落ちてゆく。
後から、少し冷たいものが 喉をゆっくり駆け上がってゆく。
美味しいワインだと思った。
「美味しいですね、このワイン」
グラスに半分ぐらい残ったワイン越しに未来さんを見ながら言った。