伊藤探偵事務所の混乱 64

恐らく、アインシュタインのせいであろう。
速度は、落下速度に限りなく近づき、実際の時間にしてみれば数十秒とか1分少々の時間であろうが、体の感じる時間は永遠にすら感じる瞬間である。
長い時間の中には、骨にかかる衝撃をじわじわと生殺しのように感じさせられたり、目の前に迫ってきてあたる事の解っている車体に体がぶつかる瞬間すらも見せてくれる。
時の進みが遅くなってきた証拠だろう。
体の下から、頭のてっぺんまで体が裏返りそうな衝撃を受け、目の前が真っ暗になって、その後、じわじわと目の前が明るくなってゆく。
かなりあちこちに木の枝や、訳のわからないものが巻きついている。
ギャグを気取ったつもりか、所長の頭の上には鳥の巣が乗っていた。
流石に所長である。
ぬりかべさんが体で僕への衝撃を緩和してくれたようで、僕が一番先に動き出した。
「シェンさん、大丈夫ですか?」
シェンさん:「死ぬときは、故郷の日本と決めているね、こんなところで死ねないよ!」
口では、元気な事を言っているが、当然運転席の窓はただの枠だけの飾りになっているし、あちこちから血を滲ませている。
「シェンさん、動けますか?」
シェンさん:「動けますよ、直ぐに追いますね。」
「すいません」
シェンさんは、苦しがりながらも車を進めた。
ぬりかべさんは、声こそ出さないが既に意識があって、起き上がっていたようだ。
所長は、目覚める気配が無い。
「西下さん、聞こえますか?」
西下さん:「地獄で無ければ、通信を確保しますよ」
所長:「今のが地獄なら、ここは天国かもしれないね」
西下さん:「口を聞けるぐらいなら大丈夫ですね」
所長:「もう、こいつと同じ車には乗らない!」
西下さん:「arieさんの時にもそんな事言っていましたね」
かなり車自身も破損しているようで、さっきまでと違い地上の上下の揺れを吸収しきれずに揺れているのではなく、路面の状態を、事細かに体に伝えてくれる。
シェンさんがうまく車を操り、KAWAさんの前に車を進める事が出来た。
シェンさん:「うまくは走れないが、コースをあわせる事ぐらいは出来そうね」
「そうですか、お願いします」
「西下さん、KAWAさんは?」
西下さん:「今は、2台に増えたバイクに追われています。もう直ぐ、そこに着くと思う」
“ド・ド・ド・ド・ドドン!”
耳元での発砲音、ぬりかべさんが銃を撃った。
音の目指す方向に顔を向けたら、数人の男たちが岩を背にして立っていた。
流石に、山から車が落ちてくる事まで想像できなかった様で、背中をこちらに向けていた
数人がその場に倒れた。
そして、こちらから隠れるように二人だけが岩に隠れた。
「KAWAさん!!」
KAWAさんがこちらに気が付いて、こっちに向かって走ってくる。
「危ないKAWAさん、岩陰に人が!」
出る限りの大きな声をだして、KAWAさんに叫んだ。
しかし、KAWAさんに聞こえる筈も無く KAWAさんの進む方向は変わらなかった。
「ぬりかべさん、もう一度あの岩を撃って」
1〜2秒の遅れはあったが、僕の意図を汲んでくれてぬりかべさんが岩に向かって攻撃をした。
勿論、相手を倒すためではなく 相手がそこにいることをKAWAさんに知らせるためである。
シェンさん:「あいやー」
所長:「まずったな」
シェンさんは、車をその場でターンさせてKAWAさんの方に向けた。
所長:「ぬりかべ君、足の長いのに変えて」
「どうなってるんですか?」
西下さん:「今の攻撃は、KAWAさんに敵の位置を教えた。それで待ち伏せされている危険は去った。しかし、今 KAWAさんを追ってきている2台のバイクは ここに追い込んでしとめる為に追っているだろう」
「そうか、隠れ場所に攻撃があれば当然・・・」
西下さん:「そう、攻撃が失敗した事に気が付いて、任務を達成させるためには自分たちで攻撃せざる得ないと判断した筈だ。」
所長:「いくら、KAWA君でもバイクの上では 分が悪いだろう。」
「僕のせいですか・・・・」
僕のミスで、KAWAさんを返って危険な目に合わせてしまったようだ。
所長:「今の判断は正しい・・・と思う。そんな事よりも KAWA君を助けに行くのはいいのだが、二人の兵士を後ろに残したまま行くんだ! 後ろから来られたらひとたまりも無い」
ぬりかべさんは、当たらないのを覚悟でさっき隠れていた岩にランチャーを放った。
岩は砕けて、周りは砂埃で数メートル範囲には煙幕が張られた。