伊藤探偵事務所の爆発 32

「ここにはお金がかからないのですか?」
未来さん:「これは宿泊費の一部です」
「はあ、そうですか・・・・」
リムジンなんて乗りなれないものに乗る事なんか無いので落ち着かない。
女性が前に座っていても 足が当らない。しかし、上下があまり取れていないので座面が低く 女性のスカートのラインが微妙なところにある。
いや、そんなことはどうでもいい。
「この服喪ですか?」
未来さん:「嫌ですわ、へやに服はついて来ません」
「いや、そうじゃなくって この服はどうして?」
未来さん:「一国の王子が、ジーンズにTシャツって訳にはいきませんよね」
さっき、部屋を出る前に着替えさせられた服の事である。
民族衣装のようで、白い麻の布に 金色の縁取り、縦向きの黒いラインが長く足元まで続いている。
頭を通すところに穴が開いている。
そのまんま かぽっと着て、幾重かに重なった布の重ねあわせを調えて何本かの帯のような紐を結んでゆく。
足元には、足首と腰を縛るような薄い布のズボン。
初めての服だが、荒い縫い目ながら優しい肌触りで快適だった。
暑い国の人の着る服にはそれなりの理由があるものだ。
そう、着心地はいいんだ 自分で切れない服を着るのが嫌なだけだ。
なぜなら、ホテルの部屋には 僕と未来さんの二人きり。ぼくの着れない服を着せてくれるのは未来さんだけだからである。
おぼこいとは自分では思わないが、二十年以上人として生きてきて、女性に服を着せられる経験をしたのは20年近く前までで ここしばらくは勿論無い。
素肌にあわせて着る服なので、服を直すたびに 未来さんの手が僕の素肌に触れる。
恥ずかしくないわけが無い。
つい、体が逃げるので 予定外に着替えに時間がかかり 予定外に恥ずかしさも倍増した。
「王子の警備に こんな格好は必要無いでしょう」
未来さんが、なにか紙を見ながら答えた。
未来さん:「例え警備をするにしても、一国の王子の警備にTシャツとジーンズというわけには行かないでしょ!」
ん、何の紙だろう?
「あっ、その次には何が書いてあります?」
未来さん:「いえ、これは・・・」
やっぱり・・・
「ぼくが “だけど、こんな格好をする必要が無いじゃないですか? スーツでも”と書いてあるんじゃないですか?」
未来さん:「・・・・・はぃ」
「それで? 続きは?」
未来さん:「王子のそばにいるんだから、同じような格好をしていたら、 襲われた時に身代わりになったり すぐできるでしょう・・・と」
「arieさんですね その、台詞を送ってきたのは」
未来さん:「はい、実は・・・・」
「さっきの電話の時ですね」
未来さん:「いえ、その後メールで頂きました」
「なるほど・・・」
全く、人の事をからかう事だけは・・・・
未来さん:「あの・・・」
「はい、何ですか?」
未来さん:「もう、数行紙は続いているのですが・・・」
「すいませんが、読んでもらえますか?」
未来さん:「そろそろ、気が付いただろう!! 次に一人抜け駆けしたら許さないからねと・・・」
「判ったでしょ、気を許しちゃ駄目な人たちだって・・」
未来さん:「はい、しかし・・・」
「なんでしょう」
未来さん:「そこ、人の悪口は言わない! とも書いてあります・・・」
もう何も言いません・・・
未来さん:「あの、もうすぐ付きますので サングラスをお願いします」
「サングラスですか?」
未来さん:「警備の人間も、変装して忍び込まれる可能性がありますので」
「どうせ、それも紙に書いてあるんでしょう」
未来さん:「はい」
「おっしゃるとおりにします。どうせ逆らっても無駄だから」
未来さん:「でも・・・」
未来さんは、僕のほっぺたにキスをした
未来さん:「これは、書いてありません。安心してください。 そして、気をつけてくださいね」
ふてくされた気持ちが、一気に無くなった