伊藤探偵事務所の憂鬱18

予想はしていたことだが先頭は僕だった。
何の用意も出来て無くて、その上気持ちの準備も出来てなく。
何よりも震えのとまらない体が言うことを利かない。それでも みんなが見てる手前 男として頑張らない訳にはいかない。
幸いにして、出かける準備、受付での対応 しゃべらなければいけない場所ではarieさんが前に立ってくれていたので恥をかかずにすんだ。

「お待ちしていました」
総務部長はうやうやしく迎えてくれた。
声をかけようとする警備担当者を制して声をかけてきた。
「先日は、失礼いたしました。あなたが、あの有名な伊藤探偵事務所の副所長様とは知らずに・・・・・・」
長々と続く台詞。
最も信じられない人間とはこういった人を言うのではないかと思いながらも 少なくともこの部屋にいる限り このおじさんと話している間は安全である。
震えのとまる自分自身の現金さと、擦り寄ってくるKAWAさんにどきどきする余裕があるのは驚きであった。
「ねえ、」
小声でKAWAさんがつぶやいた
「けーーーーき、頼んでくれない?」
耳元をくすぐるような声は 少なくとも嫌いではないのではあるが いくら震えが止まっているとはいえ余裕のある状態では無かった。
「あの、」
取りあえず、声をかけた
話の最中に声をかけられて 明らかに機嫌の悪そうな顔をした 総務部長に怯んで その後の言葉が続かなかった。
「なんでもおっしゃって下さい、先生」
いやな顔は一瞬で消え、信じられない 少なくとも豹変振りを知っている僕には気持ち割る顔にしか見えない笑顔で言った。
「いえ、言いにくいことですから良いです お続け下さい。」
気味悪くなったぼくは 制止した言葉を否定した。
「先生、何でも思いついたときにおっしゃっていただけましたら」
といってから、人の言葉を聞く素振りも見せずに 話を続けた。
「ねえねえ、けーーき、けーき」
KAWAさんが、わざと耳元に息を吹きかけるように言う。
耐え切れず、横に座っていた arieさん ぬりかべさんが笑いを堪えている。
勿論、感情を隠すような人たちでは無いので 隠してるような振りはしているが 傍目にはわざと見せているようにしか見えない。
「ねーねー 神保シェフの作った けーき たべたいのー」
KAWAさんはそれすら気にならないように続けた。

さすがに、このふざけた雰囲気に 総務部長は話が止まった。
無言の状態が続き、僕の連れている人たち以外には重たい空気が流れた。

耐え切れず 僕が口を開いた
「けーき・・いや 神保さんの・・・・・」
しゃべりだしたとたん 総務部長の顔色が変わって 冷たい空気が固まった。
あまりの雰囲気の変化に 言葉が詰まった。
雰囲気の変化に気がついた 西下さんがarieさんに何かささやいた。

「副所長のお話する内容がわかっていただけないようなので これにて失礼させていただけます?」
ここに来て arieさんが始めて口を開いた。
「そんな、」
総務部長の話し言葉を遮るように
「もー、ちっとも私のこと聞いてくれない けーき たべたーい !!!」
大きな声で言ったので 話がそこで止まってしまった。

「では、そういうことで失礼します。 神林さんの所には直接行かせていただきます」
arieさんがそういって席を立つと みんなが立ち上がり 表に出て行った。
KAWAさんに手を引かれ強引に立ち上がらされて 席を離れた。
「お待ちください」
総務部長が 手を取って止めようとした手をKAWAさんが振り払った
「やっ!」
KAWAさんと総務部長の睨み合いが続く
arieさんは さっさとぬりかべさんと出て行った
西下さんは なにか警備責任者としゃべっている。

牙を剥き出しにするKAWAさんと 顔しか笑ってない総務部長の対決は続いた。