伊藤探偵事務所の憂鬱 39

電話が鳴った。正確には音が聞こえないので電話が震えた。
バイブレーターを発明した人に感謝した。
「もしもし」
しかし、僕は馬鹿だった。
電話が鳴るのも聞こえないのに会話が聞こえるはずも無い。
KAWAさんが替わりに出た。
KAWAさん:「・・・・・・・・・・・・・・・・」
しゃべっているのだが 実は聞こえない。
KAWAさんが何かしゃべると 周りの男たちが中に飛び込んだ。
耳が聞こえない状態でも聞こえる大きな音が2〜3回聞こえた。
回数がいい加減なのは、一度聞こえるとがんがん響いて一度なのか2度なのか区別が付かないからである。
KAWAさんに手を引かれて中に入ると、全てが終わったかのように 男たちが辺りを片付けていた。壁の破損や物の壊れ具合を念入りにチェックしていた。
さっき銃を持った男たちが出てきた扉から人が出てきた。
思わず身構えたが どうも人質になった人らしくarieさんに連れられて出てきた。
副社長は秘書室長に連れられて出てきた。
顔色も青く、今にも倒れそうな状態で肩を貸してもらって 何とか立っていた状態であった。
他の人たちもぞろぞろと出てきた。後で聞いた話ではあるが 副社長室に立てこもっていたようで(考えれば当たり前で 副社長室から電話がかかってきたのだからそれしかない)他の人たちは 7人の男たちが銃を持って囲んでいたようである。
ようやく小さな声以外はノイズ交じりに聞こえるようになった
KAWAさん:「そろそろ、聞こえる?」
「はい何とか、KAWAさんの声がおばあさんの声に聞こえますけど」
ノイズ交じりに聞こえる声の正直な感想だった。
KAWAさん:「しっつれいねー ぷん」
あっちを向いてしまった。
しかし、何かが引っかかる。そうだ、あの男はどこにいるんだ。
「arieさん、あの老人は?」
aireさん:「いないみたい、下から床を抜いて上がってきたけど もういなかったわ」
まんまと逃げられてしまった。
どこへ逃げたんだろう・・・・・・

とにかく、副社長に事の真相を確認しなければ
「待ってください 副社長」
秘書室長:「申し訳ありませんが、心労で現在は口を聞ける状態ではありません。このまま救急車か病院でお話をさせていただきます。」
もっともな話である。
「じゃあ秘書室長だけで結構なので残っていただけますか?」
何か、引っかかるのである。
秘書室長:「副社長を先に病院にお送りしてからでもよろしいでしょうか?」
警察でもないぼくは断ることは出来ない。
「せめて警察が来るまでは待っていただけませんか」
秘書室長:「いえ、もう救急車が来ましたので先に・・・」
何かもっと引っかかった。
良く考えたら、けが人がいるのに先に 心労で倒れた人を運ぶのも変。
そういえば救急車も早すぎる。
考えてみれば 何だか秘書室長の姿が気になった。肩が妙に上がっているのである。
そう、普段から体が傾いているような・・・・

頭の中にフラッシュバックする 老紳士の姿。ステッキを持った姿で ステッキで体を支えるように歩きながらも 軽快な体裁き。
もしかして、老紳士では無く・・・・・
しかし、ここで暴れさせたら逃げられる。

「僕を先に 救急車に乗せてください。 銃に撃たれちゃったんです!!」
KAWAさんのほうを向いて 同意を求めた
KAWAさん:「そうなの! もばちゃん いたいいたいなの」
手で押さえているさっき切った肩の傷を 見せた。
秘書室長:「それは 銃の傷では無いようですね かすり傷ですから大丈夫です」
「そんなこと言わずに」
秘書室長の腕をつかんだ
「KAWAさん」
腕をつかまれて動きの鈍った男に KAWAさんの回し蹴りが飛んだ。
辛うじて頭を避けたが 後頭部に炸裂した。
鈍い音がして、骨が折れたようだ。
それでも、僕の腕を力任せに引き剥がし立ち上がった。
倒れた僕の横に落ちた 銃をつかんで回転しながら構えた。
そして、笑いながら静かに立ち上がって 両手を上げた。
秘書室長:「なるほど、部下が間違えるわけだ・・・ ははは」
銃を持った瞬間に おもちゃだと判る 本物のプロだった。