伊藤探偵事務所の憂鬱 55

「どの辺に降りるんですか?」
KAWAさん:「さあ、降りれるところじゃない?」
「降下ポイントが決まっているわけじゃないんですね」
KAWAさん:「何故、山に下りると思う?」
「さあ、所長のいるポイントに近いからじゃないですか?」
KAWAさん:「ちっがうわよ、安全だからよ。だれも、山肌に降りる方法が無いから監視する必要が無いだけ」
「じゃあ、僕たちはなんで山肌に降りるんですか?」
arieさん:「たった4人だと、銃で撃ち合って強行に降りられないからよ」
「じゃあ、どうやって降りるんですか」
arieさん:「そりゃー、知恵と勇気よ」
一番似合わない言葉をarieさんから聞いた。

山の天気は変わりやすい。山肌があると一般的には風は下から上に吹き付ける。
ただ、近くからみる山はごつごつしてなだらかでは無く その岩肌を突き上げる気流は一定ではない。
尚且つ、雪を孕んだ山は着地地点が地面なのか植物なのか、岩なのか土なのか区別つかない。まともな神経の人なら降りないそうだ。
知ら無いのは僕だけのようだ。
そういえば、アメリカ兵の「クレージー」はここにかかっていたんだ。
 ぬりかべさんとKAWAさんが状況を交換し合い着地地点が決定したようだ。
パラシュートが開いてさっき痺れた肩に、又衝撃が走った。
KAWAさん:「さあ、もばちゃん 行くわよ」
「はい、お手柔らかに」
緩やかになった降下速度。目の前に山の頂上が迫ってきた。
KAWAさん「やーね〜、お手柔らかにする余裕は無いわょ。」
「とにかく、がんばって下さい」
KAWAさん:「かなり荒れているから振られると思うけど 力を抜いて自分でバランスを取ろうとしたりしないでね! 今度はしんじゃうよ〜」
aireさん「ぼくー、おいたしちゃ きちゅしてもらえまちぇんよ〜」
「ぬりかべさんも気をつけてくださいね」
この期に及んで さすがarieさん・・・・
確かに、山に近づくにつれ体を下からの風が煽ってくる。
KAWAさんの動きが慌しくなってきた。肩の上に伸びるロープを両手で引いて調整をしている。
ぬりかべさんたちのパラシュートは、風に煽られて人は大げさ七日もしれないが45度ぐらいの角度まで傾いている。
僕はとりあえず、力を抜いて両手でロープを持ってぶら下がっているだけだった。
山肌が近づくに従って 段々連れが激しくなった。
それよりも、山肌が徐々に近づいてくると恐怖心が増してきた。
山を下から見ることはあっても 上から見る機会は皆無に近い。
下から見てでもいいが、人の手が入って道が切り開かれた山ならともかく 自然の山に切り開かれた平地なんかあるわけが無い。
雪をかぶっていても、木のあるところぐらいは多少区別がつく。
降りるところなんかあるはずが無い。段々、恐怖で体がこわばってきた。
KAWAさん:「やっぱり、見てのとおり痛くなく降りられないわ ちょっとぐらいは痛いの我慢してね!」
KAWAさんの言葉にも段々余裕がなくなってくる。
arieさんとぬりかべさん達の会話が無くなってきた。
まもなく着陸するのであろう。
“どしゃ ばっ”
音を立てて山腹に降り立ったようだ。着陸した瞬間にパラシュートが切り離されたようでその後パラシュートだけが下に落ちていった。

arieさん「痛いじゃない、このとうへんぼく」
ぬりかべさん:「すいません arieさん」
KAWAさん:「あっちは、無事に着いたようね」
インカムからは、arieさんの大きな声が響いた。あちらは無事なようだ。
KAWAさん;「こっちも行くわよ」
目の前に山腹が迫ってきた。寒いわけでもないのに汗が噴出してくる。
口の中が乾いて体の自由が利かなくなる。
KAWAさん:「力を抜いて、コントロールできない」
変な言い方だが全力で力を抜いた。
“ぷしゅ“
違う 風切音が聞こえる。
いくつか、音が続いた後、KAWAさんが僕と体勢を入れ替えた。
KAWAさんの体を通じて何かがぶつかったような衝撃があった。
「なに」
確認する間もなく数秒で林の中に飛び込んだ。