伊藤探偵事務所の憂鬱 54

ぬりかべさん:「まず、ドアを開けたときに飛び出さないように何かにしがみ付いて」
ジャンプの装備の無い機体なのでフックを付ける所が無い。
飛ばないようにみんな適当なところにしがみ付く。
ぬりかべさん:「この後は、話はインカムでします。あまり遠くへ行くと聞こえなくなるからなるだけ後ろについてきてください」
KAWAさん:「了解!」
ハッチが開かれた。
さっきまでうるさいと思っていたプロペラ音が一層うるさくなった。と言うよりも プロペラの音の波が体に響く。心臓の鼓動を加速させるようだ。
サーキットに始めて行ったときにみたF1マシンの音を聞いた時のようだった。
低空とはいえ飛行機の中の空気が吸い出され、固定されていなかった紙が飛行機の中を飛び回り 一部は外へ飛び出した。
ジャンプスーツを着ていない乗組員は 風で服が煽られて大変そうだ。
ぬりかべさん:「みんな聞こえるか?」
かなりこもった声がヘルメットの中で響く
「Okです」
KAWAさん「飛び出したら、だんご虫のように丸まってるんだよ。上下左右がぐるぐるになって回るけど飛行機後部の気流の乱れを飛び出せばすぐに止めるから」
「解りました、お手柔らかに」
ぬりかべさん「Go!」
二人が喋っている間に ぬりかべさんarieさんがセットで飛び出した。
KAWAさん:「見ちゃ駄目」
「ひあ」
なんだ
KAWAさん:「初めてなんだから見たら怖くなるから。KAWAいきま〜す」
KAWAさんに蹴っ飛ばされるように飛び出した。
体中を見えない何かで殴られるような衝撃が走る。上下左右の感覚が無い。
「・・・・して 早く」
あっ、KAWAさん
KAWAさん:「早く丸まって」
ひざを抱えるようにまるまると 上から被さるようにKAWAさんが抱きついてきた。
体がくるくると廻りだした。上下左右あらゆる方向に。
子供の頃飽きるまで洗濯機の中を覗いてたときに 洗濯物が水の中で情け容赦なく引きずり回されているのを見てたことを思い出した。
あんまり長く見ていて 気分が悪くなったことも。
今は、その千倍は気分が悪い。
耳の後ろ側が痺れるように痛くなって、胸の中から熱いものが上がってくる。
朝御飯食べなきゃ良かった。
目の玉もどっちを向いているのか解らない。
きっとKAWAさんに抱かれていなければ耐えられなかったであろう。
急に、KAWAさんの手足が大きく開いた。
背中からくくってあるベルトが 胸を締め付ける
「うげっ」
自分だけがKAWAさんから離れて飛ばされる感覚だった。
辛うじてベルトでくくり付けられているので止まったようだ。お陰で吐き気も止まった。
両肩の付け根はジンジン痺れた。
KAWAさん:「いったーいじゃない」
「はい?」
KAWAさん:「早く丸まらないから、目いっぱい風に殴られちゃったじゃない」
あっ、そうだ 前にいてKAWAさんに守られている僕ですらあれだけの衝撃だったんだKAWAさんはもっとだったろう。体をあれだけ回すだけの衝撃である。
「ごめんなさい。気が動転して・・・」
KAWAさん:「後でちゃんと埋め合わせしてね」
「はい、すいませんでした」
KAWAさん:「でも、優秀よ 気を失ったり おもらししたりしなかったから」
機嫌が直ったのか 楽しそうに笑っている。
大きく体を広げたKAWAさんは手足を伸ばし。風の中を泳ぐように方向を変えている。
KAWAさん:「もう、体を伸ばして良いわよ」
足を抱えていた腕が痺れていた。ゆっくり手足を伸ばした
KAWAさん:「楽な姿勢でいてね、しばらくはこのまま飛ぶから いいこにしていたらあとでキスしたげるからね」
「はい」
返事をした後で、キスして欲しがっているような返事をした事、昨日のことを思い出して 急に恥ずかしくなった。
目前に山が広がり、所々に岩がでているのが見える。
国中を焼き尽くした戦争の爪あとは少なくともここでは見えない。
所詮、人間なんて地球の上で遊んでいるだけの自然の大きさから比べれば小さいもののような気がした。