伊藤探偵事務所の憂鬱 60

「どうするんですか?」
雪上移動車のトランクに寝そべった形で口を開いた。
ずいぶん時間が経っていたかもしれないし そうでないかもしれない。
顔の腫れが 一応に冷やされて少なくとも痛みで涙が出なくなっていた。
arieさん:「どうしたい?」
静かで優しい声で答えた。
ただ一言だったが、やさしさが包んでくれるような言い方だった。
新鮮だったし、別な意味で涙が出た。
「判りません」
arieさん:「じゃあ寝なさい」
「脱出はどうするんですか?」
arieさん:「今、ここから出る方法は無いでしょ。体力の回復も必要でしょ。」
「だから寝るんですか?」
aireさん:「これは義務よ! 坊やと呼んで馬鹿にされたくなければこの状況で寝て見せなさい」
言葉はきつかったが言い方は優しかった。
「多分、寝られません こんな状態じゃあ。」
気持ちも高ぶっている。体中ずきずき痛む
arieさん:「じゃあ、疲れに体を任せなさい 痛みに体を任せなさい」
体中の疲れを思い出した、KAWAさんを支えながら雪の中を動いたこと。
体の腱が震えるぐらいの緊張。連続する耳鳴り。全てを思い出した。
arieさんの言葉がだんだん聞こえなくなっていつの間にか眠りについていた。

西下さん:「Good Morning」
夢なのか、西下さんのいつもの声が聞こえる。
arieさん:「起きなさい。それともぐりぐりされたい?」
KAWAさん:「チユーしたげないと起きれない?」
「えっ、KAWAさん?」
飛び起きた・・・・つもりだった。
実際は 体が痛みで言うことを利かなかったので顔だけがそちらを向いただけだった。
KAWAさん:「もう大丈夫、ごめんね」
「KAWAさん、怪我は?」
ようやく動き出した体を力任せに起こして聞いた
「モバちゃんの顔ほどじゃないよ」
「冗談言っている場合ですか!!」
KAWAさん:「心配しないで、大丈夫に出来ているから」
「そうなんですか?」
顔色も動きもいつも通りだった。
KAWAさん:「何なら、見てみる?」
きぐるみのジッパーを胸の辺りまで下ろした。
西下さん:「そろそろ、話してもいいですか?」
aireさん:「連絡は入ったの?」
西下さん:「丁度 今、すぐ近くです。その雪上移動車なら 40分ぐらいの所です」
arieさん:「で、方法は?」
西下さん:「現場にいないので、現場任せでお願いします。」
arieさん:「KAWAちゃん、なんかある?」
KAWAさん:「ガムなら沢山持っているけど」
おなかの白いところの裏側には いろんなものが入っていた。
arieさん:「やーねぇ、野蛮で!」
「そこは、外れるんですね」
まじまじと、お腹の中を見た。体の方に凹ましたウレタンの様なくぼみにいろいろなものが入っている。
KAWAさん:「きゃー!、覗いた」
そういえば、KAWAさんの服は胸のところまで・・・・
「ごめんなさい」
KAWAさん:「見たいなら見たいって言ってくれれば・・・」
少し下を向いて照れて見せた。
arieさん:「お子ちゃまたちが遊んでるんじゃない」
KAWAさん「はーい」
舌を出して 答えた。
西下さん:「お子ちゃまの時間が終わったって事は、おこちゃまで無い人の出番ですか?」
ぬりかべさん:「僕は、働きませんよ」
KAWAさん:「おこちゃまで〜す」
「???」
僕以外の意見が一致したようだ。
arieさん:「覚えてらっしゃい!」
arieさんがコートを脱いで 運転席の後ろまで近寄った。
深呼吸をした。静かに息を吸って爆発するような声で言った
arieさん:「あたしをいつまでこんなところに閉じ込めとくつもりよ!!」
arieさんの足は、運転席との間の壁を思いっきり蹴っていた。
靴に仕込まれた金属が、壁に当たって金属音を立てた。