伊藤探偵事務所の憂鬱 62

雪上移動車が雪道を進んでゆく。
arieさん:「ビーコン出して」
西下さん:「大変申し上げにくいことなのですが、しばらく通信が途絶えます」
arieさん:「なるほど、じゃあ位置だけ頂戴。勿論、GPSも駄目ね?」
西下さん:「そういうことで、コンパスも駄目ですから」
KAWAさん:「へー、そんな手があるんだ」
西下さん:「秘密にしといて下さいよ。KAWAさん おうちの人にも言わないで下さいね」
「どういうことですか?」
KAWAさん:「モバちゃんならこの後、敵の定期連絡があったらどうする?」
「あっ、どうするんですか?」
KAWAさん:「あたしなら、乗組員を脅すか 声色を使うわね。だけど、そう言う時のための暗号が無いとも限らないから 見つかる可能性もあるでしょ」
「そうですね」
KAWAさん:「山上の高度の高いところや、地軸の付近では体躯の関係で磁気嵐がまれに起きるの。神様の気まぐれで。 どうも神様とお友達みたいよ 西下さんは」
「あっ、そうなんですか。でも じゃあどうやって所長を捕まえるんですか?」
KAWAさん:「それは あたしにも・・・・」
KAWAさんは 視線をarieさんに向けた。
arieさん:「そういう事に鼻の利く人がいるの」
arieさんの視線は、運転しているぬりかべさんに向いた。
arieさん:「絶対地理感っていうのか まあ、人とは思えない力があるのよ」
目標地点に向かって車は進み始めた。
途中、降下したときに置いてきた荷物を拾ってきたのだが・・・・これも計画的?
大抵の事には驚かない自信がついてきたが 後でしか解らないことが多すぎる。
「うわぁ」
考え事の最中に両肩を後ろに引っ張られて倒された。
倒れた頭は柔らかい感触に包まれた。
「あっ、KAWAさん」
KAWAさんの顔をしたから見上げる形で倒れこんだ。
KAWAさん:「お薬塗らなきゃね」
あまりの事態の急変にすっかり、顔や体の痛みを忘れていた。
「あっ、そんな」
膝枕にされて薬を塗ってくれるKAWAさん
arieさん:「ほー」
「いっ、・たい」
思わず飛び上がった。
顔の腫れは思ったより大きくなっていて触られるだけでも痛かった。
薬を塗ってくれているのは解るのだがじっとしてられない。
KAWAさん:「もー動いちゃ塗れない」
両肩を肘で押さえつけられて顔にぬられる。
KAWAさん:「キャー ぶよぶよ」
「っう!!」
やはり痛い。動いちゃいけないのは解っているけどじっとしてられない。
KAWAさん:「もーぐりぐりしちゃ 痛いって」
KAWAさんの指先が首筋に強い衝撃を与えた。
「KAWAさん、あの」
首に衝撃が走った直後から、首から下が動かなくなった。
KAWAさん:「いーこにしてるんですよ!」
その後痛みは感じるけど、体は動かなくなった。
文字通り拷問だった。唯一の救いは、KAWAさんの膝枕だけだった。
arieさん:「ぼうや、いいように弄ばれて楽しい」
「そういうことじゃありません」
arieさん:「あら、逆らうの」
arieさんに傷口をつつかれたり、こしょばされたり・・・しばらくの間 地獄が続いた。
「地獄の入り口が見えました」
ぬりかべさん:「逆らうから・・・・」
arieさん:「何か言った?」
ぬりかべさん:「いいえ・・・・」
痛みと苦しみはあるが、この雰囲気が怖さを打ち消している。
既に、何人かの人が死んだりした筈だし 怪我人も出ている。
こちらも、そして 向こうも。
お互い、相手の事を恨んで憎しみで戦う状況にあって、この人たちはそのままである。
たくさん、こういう場所を経験してきたのか?
やはり謎の多い人たちだ。
KAWAさん:「はい、おしまい」
また、首筋の同じような所を突かれた。
手足を確認する少し痺れが残るが動くようになっていた。
「ありがとうございます」
KAWAさん:「こちらこそ」
と頭を下げたKAWAさんの胸が僕の顔を押しつぶした。