伊藤探偵事務所の憂鬱 64

この世の中にあるものは全て物理法則には逆らえない。
リンゴは木から落ちるし、それでも地球は廻っている。
ただ、今ここの地点だけがそんれが有効でない。いや、そうとしか感じられない。
証拠は、上から下に落ちて行くはずの食べ物がしたから上に上がってくる。
判るはずの無いものを感じているとしか思えない。
所長:「いやーヘリでなくてよかったね」
事務所のソファーに座ってコーヒーを飲むかのように喋る。
ぬりかべさん:「そうですね ヘリだったら今頃谷底ですよ。もっとも磁気嵐の中低空を飛ぶ度胸のあるヘリなんてゲリラぐらいしかないですけどね」
笑顔を絶やさないぬりかべさん。
所長:「ところで、クーデター起こしている軍はゲリラじゃないのかな?」
ぬりかべさん:「いやー、やっぱり違うでしょ 正規兵だし」
前では大合唱、後ろではお茶飲み話
不幸中の幸いなのか、体中の痛みがあるおかげで気を失わずに済んでる。
何度も外から聞こえる音は プロペラ機の音と機銃の音、その音が消えたら 爆発音がして車体が吹き飛ばされる。
所長:「しかし、いい腕だね」
ぬりかべさん:「この状況の中、当てて来るって 結構年を取った人でしょうね」
「ど・どうなるんですかこの後」
所長:「やだなー助けに来てもらった側に聞いたって駄目だよ」
すでに arieさんや ぬりかべさんからの答えが期待できないことは経験で知っている。所長だけはと思っていたのだが やはりそういう人だったんだ・・・
ぬりかべさん:「ちょっとまて」
運転席に向かって声を出そうとした僕を遮った。
ぬりかべさん:「歌を止めると へそを曲げて運転しなくなるけど それでよければ」
言葉が完全に止まった。

車に対する物理法則を受けるのは全てタイヤ(キャタピラ)である。
走るは、タイヤの転がりで止まるはタイヤの摩擦力。そして曲がるは 前得行こうとする車の慣性力をコントロールできる方向に遮ると そちらへ曲がってゆくという単純なものである。
これが下り坂では 慣性力を倍増させ、タイヤの摩擦力が利きにくくなる。
雪道では、タイヤの摩擦力は 極端に少なくなって曲がらなくなり その上地面が平らでない山道。
真っ直ぐすら走れ無い道を 落ちるように下ってゆく。
技術はすばらしいと思うが 出来たら乗っていないときにやって欲しい。
車の向きが数秒の間に 右左と慌しく変化する。
運転席はともかく荷台で揺られるほうはたまったもんじゃない。
所長:「このまま、国境を越えてこそこそ帰るのと 帰って国賓待遇で帰るのとどっちにする? arie君?」
うまく曲間を捉えて 所長が喋った。
arieさん:「もちろん、あたしには国賓が相応しいでしょ」
KAWAさん:「Yes! Rock‘n Roll」
所長:「だって 副所長君」
「て、言うことは クーデーターの国に行くんですか?」
所長:「いや、もう来ている」
どうも、他の二人とは違う 言葉の行き違いを感じる。
「脱出するんじゃないんですか?」
所長:「だから、脱出方法は 助けに来てもらった人に選んでもらったんじゃない」
「町に出ると どうにか成るんですか?」
所長:「いやー、クーデターが始まった時には脱出していたから 見てないよ。でも戦車や装甲車ぐらいならいるかもね」
「じゃあ、そこからどうやって脱出するんですか?」
所長:「だから言ったじゃない、助けに来てもらったほうの考えることじゃないって」
話が一周して帰ってきた。
ぬりかべさん:「俺に聞いても駄目だぜ」
きっと、この姿を知り合いが見たら情けない姿に写っただろう。
完全に神経が焼ききれて 自暴自棄の状態になっていた。

arieさん:「この根性なし」
KAWAさん:「そうだー こんじょうなしだー」
ぬりかべさん:「何処で降ります?」
所長:「岩棚の下、そのままぶつけろ!」
後ろのキャタピラの右側が切れて駆動力がかからなくなった。
arieさん:「ごめんね、ぼく〜! でも壊れちゃったからしょうがないよねー」
KAWAさん:「かわいそうね〜」
妙に息の合った二人
数百メートル下に、川に削られて窪みになった岩棚があった。
車は左右に何度も振られた それはキャタピラが切れたからか 速度を落とすためだかは判らなかった。
何度も振られた後、車ごと川の中に飛び込んだ。
数秒後、山に爆発音が響いた。