伊藤探偵事務所の憂鬱 65

ドラえもん助けて」
川に入った瞬間そう思った。
僕の祖先が机の引き出しから出てきたわけでもなく、身長、体重、胸囲が全て157cmのネコ型ロボットがいる訳でもない。
その時、KAWAさんがドラえもんに思えたからである。
車が衝突する瞬間、KAWAさんのカバンから取り出した携帯用エアバックという大きなシートを車の壁に貼ったこと。
何よりも、携帯用潜水服という 僕には急流すべりに乗るときに配られるビニール製の雨合羽にしか見えない服を着せられた。
当然、KAWAさんは諜報機関の社員であるから 民生には無い秘密道具を持っているのだろうが 何度も言うようだが、KAWAさんの服は蛙のきぐるみ どう考えても信じられないだけである。
その、お腹のポケットから出てきた 秘密道具と言えばドラえもんしか思いつかなかったのは僕だけではないはずだ。
ただ、命がけの緊急時に頭の中に響く声が冗談を言うようになったのは 誰かの悪い影響だろう。
ただ、流石に未来の道具、車が衝突した瞬間に シートは膨らんだらしくて死なない程度に衝撃を吸収してくれたらしい。少なくとも目の前は白くなっただけで済んだ。

水に飛び込んで衝突した後、脱出した。
秘密道具は流石にすごく、そのまま水中をもぐったまま全員で川下に下った。
KAWAさんが前に出て、耳をふさぐゼスチュアをしたので耳を塞いだら 今まで乗っていた車が爆発した。わずかな時間の誤差なので恐らくぶつかった瞬間に爆発したように感じたであろう。
恐らく、KAWAさんが何かを仕掛けていたのであろう。
そのまま、全員で川下に流されていった。
秘密道具の威力は絶大だったが、寒さを防いでくれるわけではない。
そのまま数分もしないうちに、かなり高度が下がっているとはいえ雪解け水の流れる川の冷たさを体感するようになった。
靴や服は着ているので、手や顔に冷たさがしみこんでくる。
よく見たら、いつの間にか全員手袋をしていた。KAWAさんなんかはそのまま蛙さんだった。
指の感覚が無くなり 手首の感覚が無くなった所で上陸した。
上陸地点は木で囲まれて 上陸したのは良いが何処にも行けないような場所であった。しかし、廻りから見えない都合の良い場所だった。
上陸したら、とりあえず携帯コンロに火を着け暖をとった。
勿論、全員から馬鹿にされたことは言うまでも無い。
arieさんなんかは、“もうすぐ手が腐って取れるわよー”って・・・・・
実際、水から上がったときは手の感覚が無いだけではなく 動かなかった。
服を脱ぐのも、暖房をつけるのもKAWAさんがやってくれた。
手のひらに火があたっても感覚が無い。本当に手が無くなったかのようだった。
KAWAさんは、ぬりかべさんと川を下るためのいかだを作っている。
arieさんと所長は 今後の話をしているのか 二人で話し込んでいた。
一人、何もせずに暖を取るだけと言うのは情けない姿だった。

手の感覚が戻ると言うことは、痛みが戻ることだと知った。
正座をしていて 立ち上がれなくなるのと同様、感覚が無くなった時 戻ってくるのに 血が凍った肉体の血管を割りながら流れてゆくような痛みを伴った。
手首の感触が戻った時には想像を絶する痛みだった。でも、これ以上情けなく思われるのが嫌だったので声も出さずに耐えた。
痛みも、顔、胸、体、腕 至る所で発生し 痛みの種類が一つでないことを実感した。

かなりの時間を山を下ることに費やしたのでかなり高度が下がっているようで雪はまばらになっている。
その分、砂漠の国とは思えない緑が広がっている。勿論、雪の景色も砂漠の国とは僕の感覚では思えないんだが・・・
さっきの話では、所長が脱出してきた方へ戻っているようだ。思えば、あの時点でarieさんに行き先を決めさせていたように聞こえたが、そこまで目的もなしに走っている訳ではないので予測されるべく行動だったのであろう。
きっと、僕に教えてくれるために所長が話してくれたんであろう。

西下さん:「所長もお元気そうで」
arieさん:「誰かが、ちゃんと押さえとか無いから結構苦労したじゃない!」
西下さん:「第二次世界大戦の英雄の感にまで責任取れません」
所長:「まあ、まあ 無事だったということで」
arieさんが 大きく息を吸って 落ち着きを取り戻す。
予定外の行動が多かったことに苛ついているようだ。
arieさん:「で、次は?」
西下さん:「取り合えず、次の策はありません。所長も合流したことですし」
所長:「では、行きましょうか」
「何処へですか?」
所長:「勿論、王宮へです」