伊藤探偵事務所の憂鬱 63

ようやく静かな時が来た。
二人の寝顔は、寝顔が静寂を物語っている。
実際は、雪はごつごつした岩を隠し、かなり慎重な運転をしているぬりかべさんでも大きく車体を揺らしている。
慎重ながら走れる限りの速度を出しているので 油断の出来ない状態であるのは確かで その上 各部が痛む体が動きに合わせて悲鳴をあげる。
車体もこんな速度で移動することは想定されていないので悲鳴をあげる。
その状態でも静かになったと感じるのは、きっと 周りの雪がそう思わせているのであろう。しつこいようだが 決して二人が寝ているからではない(と思う)
「結構飛ばしますね。」
ぬりかべさん:「これが? どこが?」
どうもこの人たちとは常識に関する話が出来ない。
「結構、車体も(体も)悲鳴を上げていますよ。お二人が起きてなくてよかったんじゃないですか?」
ぬりかべさん:「KAWAさんはともかく、寝ているからこの程度で済んでいるんだ」
「はい? そういうもんですか?」
ぬりかべさん:「いまここで、空から爆弾が降ってきたら解るよ」
「それは怖いですね ところで、もうすぐですか?」
ぬりかべさん:「まず、このまま発見されない状態が続けば30分てところかな?」
「ぬりかべさんは大丈夫ですか?」
ぬりかべさん:「おれが?、何にもしてないぜ? 目隠しされて捕まって 指をくわえて見ていただけだから疲れるほどの事はしてないから。」
いつものような笑顔で答える。
最初は怖かったんだが、最近では笑顔どおりの人かなと思う。
「いえ、いつもよりたくさん喋っているから」
ぬりかべさん:「そうか」
喋りすぎたのを悔いたのか、それとも照れたのか
顔を赤くして喋らなくなってしまった。
気を悪くしたのだろうか?
しばらくの沈黙が続いた。
ぬりかべさん:「寝ろ!」
少し投げ出すような口調で言った。
「でも、もうすぐでしょ」
ぬりかべさん:「もう少しでも、もう少しまともなジョークが言える位の体力を回復しとけ」
冗談だったのか、本気だったのか
ただ、素直に目をつぶって休憩した。寝られなくてもできるだけ体を休めよう。
初めての体験だが 目を瞑っただけでそのまま寝ていた。
もしかしたら、気が緩んで気を失っていただけかもしれない。

“ごん”
自分の頭から鈍い音がした。
「いってー」
ぬりかべさん:「よく寝たな!」
「はい、おはようございます。」
目も開いてない状態で答えた
隣に座るぬりかべさんは 荷室に座り壁の出っ張りに手をかけ僕を押さえてくれたようだ。
聞き覚えのある声が聞こえた。 「やあ、おはよう」
思い出せないが聞き覚えのある声だ。
「所長!?」
所長:「結構 顔が男らしくなったじゃない」
所長もかべの出っ張りを必死で押さえていた。顔は言葉からは推し量れない表情で 力の限りを費やして体を支えていた。
「どうなってるんですか?」
ぬりかべさん:「車が谷底に向かって 落ちてるのと走っているのとの中間の状態だ」
ぶっきらぼうに言った。
ようやく体が力を取り戻し。自分の体を自分で辛うじて支えられるようになった。
答えの意味が解らなかった。
「所長、ご無事だったんですね」
所長:「今の状態が ご無事なんだったらそうだろう」
「ぬりかべさん、どうなっているんですか?」
ぬりかべさん:「さっき言ったろう、爆弾が落ちてきたら解るって」
恐る恐る覗いた運転席には 結構いい声で“Sting”の歌を口ずさむ心から楽しそうなarieさんの姿があった。
隣には合唱するKAWAさん。
フロントガラスの先には 立ち並ぶ木々が飴のように溶けて歪んで見える速度で後ろに流れていった。
arieさん、KAWAさん「Death Wish!!」
二人がハモった瞬間に車が横を向いた。
車が何かにぶつかるたびに ぐらぐら傾く。
体の支えが ゆらゆら動き体をきっちり押さえておくことが出来ない。
“ドン”
大きな音と共に浮かび上がった 車の後部が谷底に向かった。