伊藤探偵事務所の憂鬱72

青い色は悲しみ、多くの人の悲しみが伝わってくる。
“何で俺たちが・・・”
“みんな許してくれ・・・・”
赤い色は苦しみ そして血の色
“痛い・・・・”
“熱い・・・体が焼けてゆく”
紫は絶望
“逃げ道が無い”
“殺されるのを待つか、このまま焼け死ぬか・・・”
色々な色が頭の中を駆け巡った時に、同時に人の感情も流れ込んでくる。
絶望と死を意味する感情だけであった。
胸が悪くなり、吐き気がする。
唯一、arieさんの廻りだけが明るく輝いている。
所長:「幻覚だよ」
所長の一言で我に帰った。
あまりのまぶしさに目を瞑っていて見える映像だった。
目を開けると、うっすら光るarieさんと歪んだ世界が見えた。
歪んでいるのは目が馴染んで無いからであろう。酔っ払ったような世界である。
所長:「あれは、arie君の力。人に幻覚を見せる。 ただ、今のは見せたくて見せた訳じゃない 彼女の力は 宝石の記憶を引き出して見せること。」
「じゃあ、あの悲しい記憶は?」
所長:「あの宝石の記憶・・・・だと思う。彼女にしかわからない。ただ、漏れ出ているのはほんの一部 彼女はきっともっと沢山の記憶を受け継いでいる。」
「じゃあ・・・・」
所長:「ところで、未だ彼女が輝いて見える?」
「はい、ずいぶん光が薄くなりましたけど」
所長:「そうかそうか・・・、彼女の裸が見える?」
「はい、・・・何を言わせるんですか!」
arieさん:「勝手な想像してるんじゃないわよ!」
「すいません」
KAWAさん:「もばちゃん、見ちゃ駄目!!」
KAWAさんが前に立ちはだかった。
所長:「大丈夫だよ、実際に見えているわけではなく 頭の中の想像がそう見せているだけだから。ただ、助平なだけだよ」
いつもながらの飄々とした笑顔に戻っていた
KAWAさん:「もばちゃん、助平!!」
口ごもった言い方で言った
「ご、誤解ですよ!!」
arieさん:「西下! kilikoを呼んで」
いつに無く、強い口調で怒鳴った。強い口調で呼び捨てにするarieさんなんて初めてである。
「kilikoさんって」
ぬりかべさん:「見たことがあるでしょ、あの変装の得意な情報屋」
あっ、僕に手榴弾をくれたりした人だ
kilikoさん:「もちろんここに控えております お呼びですか?」
西下さんが出るより先に答えた。
いつもと違う若い声。声まで作っていたんだ。
arieさん:「一度しか言わないから、聞き違えるんじゃないわよ」
kilikoさん:「はい」
arieさん:「直ぐにここに、whocaを連れて来て」
西下さん:「無茶な、行けないでしょうし 本人も行かないでしょうそんな危険なところ」
arieさん:「口を挟むんじゃない! 本人が来ないなんて言ったら “いつまでも運命に身を任せた生き方なんて あたしと闇に染められた宝石が許さない”って伝えて。 それでも来なければ引きずってでも連れてくるの いい!」
kilikoさん:「はい、お嬢様 では」
西下さん:「そんな・・・」
あまりに強い口調のarieさんに洞窟内の空気が固化した。
所長:「じゃあ、行きましょうか」
この空気の中、何事も無かったかのような口調で所長が切り出す。
所長はズボンを入れた靴下を見せ付けるかのように、大きく足を振って歩き出した。
コミカルな動きに続いてぬりかべさんやKAWAさんが歩き出した。
僕はarieさんが心配になったが、所長がいるから大丈夫って根拠の無い安心感で歩き出した。
後ろから、宝石を袋に入れてarieさんが付いてきた。
時々、きになって振り返ると 片で息をしてつらそうなarieさんが見えた。
だが、声を掛けられずに黙々と歩いた。
所長:「ところでKAWA君、君はお堀の下の人?」
KAWAさん:「そうです」
そういえば、所長はKAWAさんの事を知らなかった。
所長:「皆さんはお元気?」
KAWAさん「ご存知ですか?」
所長:「こちらは知らないんだが、あちらは良く知っているようなんで」
KAWAさん:「そうですね、テレビのアイドルみたいなもんですか?」
所長:「いやいや・・・」
照れる所長、でも、照れる所では無いような。
つまらないことを考えていると、地面に蹴躓いて 前向きに転んだ。
arieさん:「後ろ向いてて転んでんじゃないわよ!」
いつのまにか いつものarieさんだった