伊藤探偵事務所の憂鬱81


非力なエンジンである。少なくとも今の常識では わずかな高度の上昇がエンジンの力を奪ってゆく。
西下さん:「思ったより遅い・・・・・間に合うか?」
やまさん:「どうせ、長くは続かないんだ、無茶するぜ」
操縦桿の下のレバーを少しだけ引いた。
機体は排気口から黒い煙を少し吐いて わずかながらだが加速した。
やまさん:「エンジンが長く持たない 速く 次!」
西下さん:「そのままコースを変えずに」
停止して先ほど弾を撃ってきたヘリがこちらを向いている。軸線上にいる敵と味方 機銃では攻撃できない。
移動して角度を変えるかそれとも・・・・・・
後者を選んだ、基本的には対地装備ながら モードの切り替えだけで対空兵器にもなる。
白い、煙をたなびかせ飛びぬける緑色に迷彩された矢は起動を小刻みに変えながら飛び立った。
西下さん:「ミサイルが来ました そのまま急上昇」
やまさん:「なに?」
喋るより早く体が動いた 一気に機体は急上昇した。
もちろん、気分だけで実際はエンジンの唸りが大きくなり 機体が垂直に近い状態に成っただけであった。既に上昇のパワーの限界を超えていた。
西下さん:「カット off!! そのままニュートラルで当て舵して 耐えててください。通信が切れます」
垂直に近い上昇角を持ったゼロ戦は エンジンを切ったことによって一気に落下へと転じた。
終端を丸く加工された羽や流れるような美しい機体。
日本軍が技術の粋を集めて作った気体。流れるフォルムは風をうまく撫で付けるためのもの、それが前であろうと 後ろであろうと・・・
緩やかに、そして重力で加速された機体は 尾翼を前に落ちてゆく。無意識にニュートラルにコントロールされた舵が滑らせるように機体を動かす。
機体の上部を通り抜ける緑の矢。わずかに迷うようにこちらに頭を向けたがそのまま方向を変えずに飛んでいった。
普段なら味方を攻撃することなど在り得ないミサイルだが 突然発生した次回の乱れはレーダーの目を奪った。
勿論レーダーだけで見ているわけではなく 電波での制御も熱反応も目として持っている。
レーダー波の通らない状況、電波でのコントロールも勿論聴かない。
至近距離を通過したにも関わらずあまりにも低い熱量と 戦争後期に作られた機体である 必要以上の強度を要求されない(実は要求される部品もあるが)部品を木や竹で作られた張りぼてに近い機体 その目の中にはゴミにしか写らなかったのであろう。
至近距離で唯一動いている事が確認できる 熱反応を出す物体 味方のヘリに向けて一直線に飛んでいった。
勿論、硬い装甲も 緑の矢に貫かれ落下した。
西下さん:「エンジン回して、ゆっくり背面飛行に入って」
やまさん:「目の前を、ミサイルの字が読めるようなところを飛んでいったぜ」
西下さん:「そう、ゆっくりゆっくり」

「色っぽい・・・・」
arieさんは勿論だが、KAWAさんが髪を下ろし 白いドレスのような衣装に身を包んだ姿をみて思った。
普段の姿からは考えられない姿であった。
肩口や首筋から見える素肌がまぶしかった。
arieさん:「行くわよ!」
所長:「arieくん大事な話なんだが」
arieさん:「何ですか つまらない話だったら 殴りますよ」
所長:「これを事務所の制服にしたらどうかと思うんだが・・」
“べき”
arieさんの右ストレートが所長の頬を捉えた。
王は格好だけの威厳は在ったが その顔は青く腫れたものになった。
「痛そう・・・」
ぬりかべさん:「いつものことです きっと漫画みたいに場面が変わったら治ってますよ」
所長:「冗談だったのに・・・KAWA君だけでも・・」
KAWAさん:「あたし、こんなの似合わないから やっ!」
そんなことない、十分似合ってる 色っぽい 綺麗!!
口に出しそうになったが arieさんの所長を見る顔を見ているととても口に出せなかった。
ライオンの檻に、裸で入れられた気分だった。
KAWAさん:「似合わないよね? もばちゃん」
返答に困った・・・・
「あの」
arieさん:「馬鹿やってるんじゃない! 早く行かないと死人が増えるわよ」
KAWAさん:「は〜〜い」
所長もほっぺたを押さえながら付いてきた。
ぼくも、後を追って走った。
少しだけ残念だったのは、あのまま返事をしたらどうなっただろう?
死の恐怖を超えた 愛の告白になったかも知れない・・
すぐになぜ言えなかったんだろう とつまらない事を考えていた。