伊藤探偵事務所の憂鬱84

天にかざされた剣の光は大聖堂の中を一条の光の束となって 照らした。
厳粛な雰囲気と 誰をも納得させる威厳を感じさせた。
その場にいた人たちは、新たな王の誕生の瞬間を目にした。
arieさん:「新たな王に剣をささげよ」
大聖堂の中は大きくざわめいた。そしてどこからとも無く発生した拍手と慣性が大聖堂を包み込んだ。
一歩前に出た所長に一層歓声が高まった。
剣を収め、手を振ってそれに答えた。
その姿に感心はしたものの、自らの将来に対する不安も感じた。
所長がこのまま王になったらやっぱり失業かしら?
このまま、この国に留まってって言われても・・・・・
KAWAさんは帰っちゃうんだろうな・・
頭の中を色々な考えが走り回った。
“だん!”
大きな音を立ててそれまで閉じられていた大聖堂のドアが両側に大きく開かれた。
兵:「せいれ〜つ!! 隊右へ〜ならえっ!」
整然と規則正しく隊列を整え入ってくる兵たち。
二筋の人の流れが入り口のドアの幅で平行に前に進んでゆく。
今までいた兵たちは その歩みに気おされたかのように道を明けてゆく。
所長たちのいるバルコニーまで真っ直ぐな道が出来た。
「あの人たちは・・・・」
地下牢にいた人達と同じ制服。近衛兵だ。
その後ろから、隊長に連れられて一人の人物が 作られた道をおずおずと前に出てきた。
その人物が通った周りの兵士たちが感嘆の声を上げる。
一番前を歩いていた隊長が 後ろの歩みを止めさせて一人前に出た。
近衛隊長:「逆賊、ゆるすまじ。不当な手段で奪った王位を我々は認めない!」
大半の兵士たちは事情が理解出来ずにただうろたえているだけだったが列の前にいる兵士たちはその人物の呼びかけに答えた。

西下さん:「あちゃー、どうしますarieさん」
arieさん:「知らないわよ! 生きてるんならそう先に言ってよ。本物が出てくるんだったらこんな芝居しなくても良かったのよ」
通信はOPENになっているので全ての人の声が聞こえる。
「どうしたんですか?」
arieさん:「本物が現れたの、私たちを不当な手段で王位を奪った逆賊として捕らえようとしてる訳」
「どうなるんですか?」
西下さん:「普通は、縛り首ぐらいが妥当かな?」
「arieさ〜ん、どうしたらいいんですか?」
arieさん:「そんな事知らないわよ。各自の判断で逃げて生き残るぐらいしか・・・」
兵たちの間で徐々に波紋が広がってゆく。王の下に兵が集い 王の為に働くことを欲している兵たちだ。
歓声は、聖堂中を響かせ 皆が王の生存を喜び それに伴ってこちらに向かう目が敵意に満ちたものに変わってゆく。

所長:「前王よ! そなたの罪をどう償う」
最大限に大きくされたボリュームで 所長の声が大聖堂に響き渡った。
瞬間的に大聖堂中の空気が凍った。
arieさん:「あちゃー」
arieさんは天を仰いだ。
僕にもその絶望感は伝わった。
所長:「もう一度言おう、国を混乱させた責をどう償う!」
兵たちの結束は強まり、敵意は圧力になって所長の下に集まった。
沈黙が支配した空間であったが、何かのきっかけがあれば全ての兵がいつでも動ける状態だった。
銃を握る手に力が入った。

前にいた近衛隊長を手で遮りながら 前王は前に出た。
そして、自ら膝を折って頭を下げた。
前王:「我が罪、いかなる罰にも値します 王よ」
兵たちの間にざわめきが起きた。
近衛隊長:「騒ぐな、静かに!」
前王:「この方は真の王なり。皆の元 銃を捧げよ」
近衛隊長:「王!?」
前王:「私は前王だ、そして罪人だ」
近衛隊長:「よろしいのですね」
前王:「皆のもの、新しい王を称えよ」

またじわじわ広がる声援。
全ての兵たちが新しい王の誕生を称えて声援をあげた。
声援にこたえて、所長は手を振った。
arieさん:「は〜〜、何とかなったわね」
西下さん:「本当に・・・・」
疲れ果てた二人。
所長は相変わらず、笑顔で手を振る。
だんだん、調子に乗って・・・・・
壇上でピースサインを振り始めた。
arieさんの一撃が激突した。