伊藤探偵事務所の憂鬱86

やまさん:「のどかで本当にいい国だ」
傷つき、出力の上がらなくなった愛機を労わるように道路に着陸させ 邪魔にならないように近くの草原まで機を導いた。
草原に着いた途端に、エンジンはその活動を止めた。
やまさん:「無理させて悪かったな」
つぶやくように言って機を降りた。
そして口から出た言葉だった。
極度の緊張感から開放されたからであろうか。もちろん、百戦錬磨の戦士である。
ギリギリの緊張感を御する方法も知っている。が、今回は特別だった。
極限までの緊張感を共有しながら、相手のことを労わり 冗談を言い合える仲間と一緒の戦いであった。
若いころには勘違いと思えた共有感が この年になって実感できるとは思えなかった。
草原を渡る風が気持ちよく、平和を最もありがたく感じた瞬間だった。
兵:「動くな!」
寝るでもなく、起きるでもなく 草原の中に横たわり吹く風を楽しんでいた やまさんに声がかかった。
やまさん:「つまんない用事で呼び止めたんだったら 怒るぜ!」
兵:「新王より、王城での墜落者を逮捕せよとのご命令だ 謹んで従え」
やまさん:「そうか、駄目だったか それも運命だな 人生最後は悪くなかったぜ」
西下さん:「そうでもないですよ 気持ちよさそうだったから声を掛けませんでしたけど たった4人で城を制圧しましたから あの方たちは」
やまさん:「じゃあ、これは?」
西下さん:「まだ、命令系統がうまく働いてないようですね 私から手を廻しますので おとなしく捕まってください」
やまさん:「せっかく頑張ったのに 罪人扱いか」
西下さん:「うちの所長は 働きたがりませんから 牢にいたほうが平和だったというぐらい押し付けられるかも知れませんがね」
やまさん:「年寄りをこき使うのは おめーところの悪い癖だな ははは」
兵:「動くなって言っているだろ!」
やまさん:「動かなければ つかまってやれないだろ。早く来なヒヨっ子ども」
兵は一斉に飛び掛った。
もちろん、やまさんは抵抗しなかった。
数発、兵たちに殴られて押さえつけられた。
やまさん:「って〜、恐怖に負けてやがる 年より一人に こりゃあ、若いの鍛えなおさなきゃいかんな」
西下さん:「そりゃー、老後の楽しみが出来ましたね」

城から新たに 唯一の空港に向かって車が走っていった。
戒厳令下で閉鎖されていた空港が 王の命令によって開かれた。
まもなく来るジェット機には kilikoさんとwhocaさんが その迎えに arieさんと僕が向かった。
「arieさん、kilikoさんってどんな人ですか どうも、いつも違うイメージなんで・・・」
arieさん:「本人いわく、変装の名人らしいわ」
「それで、いつも違う格好なんですね」
arieさん:「時によっては性別さえ違うみたいよ 特技というより趣味かも?」
掃除夫、情報屋 のkilikoさんのイメージから女性の変装をイメージしたが 吉本新喜劇レベルの・・・・・少し 背筋が寒くなった。
arieさん:「とにかく私の下僕よ」
「下僕ですか?」
arieさん:「昔はね、同じ仕事をするライバル 勿論、あたしのほうが上だったけどね。いつの間にか 追っかけてきて・・・・ 今は、下僕じゃない」
「arieさんの事が好きなんですね」
arieさん:「こんないい女 ほっとく方が変よ」
いい女なのは認めます。でも、僕は追っかけになる自信はありません。殴られる自信はありますけど。
「arieさんはどうなんですか?」
arieさん:「何が?」
「kilikoさんのこと」
arieさん:「あたしが? kilikoのことを? どうしろって言うのよ」
多少むきになって言ったarieさん、まんざらではないかもしれない。
arieさん;「あたしに釣り合う男なんて、そうそういないわよ 世界を手に入れるぐらいで無いと それに・・・・・」
喋りかけて、arieさんの表情が曇った。
arieさん:「あなたもあたしに釣り合う男になるぐらいを目指しなさい! いい、決して所長のようになっちゃ駄目よ!」
「所長って、あんな人だったんですか? テレビで見てるときや普段は物静かな天才探偵のように写ってるんですけど」
arieさん:「あれが? 天才? ただ単に運がいいだけよ! いや? 運が悪いのかも いつも関係の無い事件に巻き込まれて 何とか間とか切り抜けて 切り抜けてるうちに 名探偵って勘違いが生まれたのよ。 普通の人間はアラブの国までわざわざ事件に巻き込まれに来たりしないって」
「でも、王になるんでしょ」
arieさん:「あの人が王になるぐらいだったら、あの大臣に征服されたほうが 国民が幸せになるわ。きっと続かないって」