伊藤探偵事務所の憂鬱90

晩餐会になるパーティーは始まった。
予想通り大半のお菓子はメニューから消えていた。
少ない食料を多く見せるために、立食形式にしたことは前王の苦労が伺える。
舞台装置は全て揃っている。生で演奏をする人達、給仕等、クーデター解決の夜に行う晩餐会としては かなりのものである。
大体、無理があるスケジュールだから・・・・
それでも、これだけのパーティーが開けるのは ひとえに死人が出なかったからであろう。
この件に関しては、所長やarieさん、ぬりかべさんの実力を認めざる得ない。あっ、勿論 KAWAさんも。
客もまばらに集まりだした、やはり服装は統一の取れていないものが多く、混乱を伺わせる。
いきなりのクーデターで、捕らえられ牢に入れられていた人達が、新しい見ず知らずの王がやってきて パーティーを開くから出て来いと言われてどういう格好をして良いかすら判らない。
前王を尊ぶものたちは、その職務に忠実であることを示すかのような普段着(それでも十分豪華だと思う)。軍人たちは、軍服に剣(恐らく銃も)を携えて参加している。それ以外の人たちは新しい王に取り入ろうと 豪華な格好でみやげ物を持って集まった。
不思議なことに、その贈り物を躊躇せずに所長は受け取っていた。
「そんなもの受け取ってどうするんですか?」
所長:「くれるって言うものは、ありがたく頂いとけば良いのさ」
明らかに下心見え見えの 俗物たちから贈り物を受け取る所長を少し軽蔑した。
所長はウインクをして笑って見せた。
とにかく、国を治める重鎮たちが 牢の苦痛に耐えられず病気になったもの以外は集められた。
飲み物が配られ、食べ物もふんだんとはいかないまでも用意されていたが、飲み物にこそ手をつけても 食べ物を食べられる人たちはいなかった。
勿論、約一名を除いてだが・・・・
そして、いつまでたっても新しい王は出てこなかった。
前王は、重鎮たちからの矢継ぎ早の質問を受け困惑していた。
まさか、譲ってもいいと言っていたものの本当に王になるなんて思っても見なかったし 王になって何をしたいかも推し量れていなかったからである。
王:「折り入ってお話が」
「はい、何でしょう?」
集まる人たちを押しのけて、王がやってきた。
王:「そろそろ呼んできていただけませんか? もう、みんな待ちくたびれております」
将来を不安がる人々の対応に、前王も疲れ果てているようである。王自身もついさっきまで、そう 数時間前までは牢につながれていたのだから こんなところでパーティをしてるよりはゆっくり休みたいのが本音であろう。
「わかりました、ちょっと見てきます」
王の寝室のほうに向かった。
階段を上がり、王の寝室のドアを開けた途端、大きな音がした。
“どん”
所長が、宙を舞って壁にたたき付けられる音だった。
大きなフレアーのついたドレスからは ヒールを履いた足が横90度に伸びていた。
kilikoさん:「あっ」
手は所長のほうに向いている。恐らく止めようとして間に合わなかったんだろう。
「arieさん、何を?」
arieさん:「ごめん、やっちゃった」
arieさんも後悔しているようだった。
kilikoさん:「いえ、大丈夫そうですよ」
「所長、大丈夫ですか?」
所長の下に駆け寄った。
息はあるし、外傷も無いようである。
kilikoさん:「また、タヌキですよ お嬢様が腕を組んで 一緒にパーティに行くって約束すれば きっと起き上がってきます」
arieさん:「わかりました、行きます」
kilikoさん:「私もそのほうがいいと思います。今のお嬢様は歯止めが利かないようですし」
所長:「おいおい、私にもarieくんを止めることは出来ないよ」
「所長」
本当に所長は起き上がってきた。
kilikoさん:「そこは、体を張って止めてもらわないと」
所長:「これ以上か?」
kilikoさん:「私から、お嬢様を奪ったのですから それぐらいは義務かと思いますよ」
arieさん:「そこで誤解を生むような発言は避けてくれる。私の理想は世界の王に成る人よ」
所長:「では、お嬢様行きましょうか」
所長は腕を出した。
arieさんは、いやいやながら腕を組んだ。
さすがにすらっと伸びた背筋が豪華なドレスに負けていない。
kilikoさんの言うように arieさんの豪華なドレスとそれに見合う長身。所長も背の低いほうではないが どう見ても、結婚式のお嫁さんと、田舎から出てきたおとうさんという風にしか見えない。
「あっ、前王が 早く来てくれって悲鳴を上げてましたよ」