伊藤探偵事務所の混乱 18

わずか3時間ほどのフライトではある。
少なくとも、床のどこでもいいところで、隙間風に凍えながら パラシュート降下の恐怖に怯えるよりは数千倍ましであった。(前編、参照)
いくらか空港で寝たので、十分体も目覚めてきた。
食事は、想像していた機内食ではなく パンも温めたものをサーブしてくれるサービスの丁寧なものであった。
暖めた皿に並べられた料理は、街の洋食屋さんレベルであった。
機内食としては良いクラスではないだろうか?
ビジネスなんて乗ることが無いから判らなかった。
旅行のパンフレットには、新婚旅行らしく、「機内や公共の場所では節度ある行動を取って下さい。国外には宗教や習慣の違いで 男女の愛情行為に過剰な反応を示される方がいらっしゃいますので くれぐれも、節度を守った行動をお願いします」と、余計な注意が付け加わっている。
実際、仕事らしきスーツを着こなし、中国に行くのにも関わらず英字の新聞を読んでいる人。大きなお腹を摩る、明らかに中国の人 それ以外の大多数は私たちのツアーのカップルが占めていた。
よほど、いろんなことがあったのか、添乗員はまるでテストの試験官のように席の周りをうろちょろしている。
目が合うたびに、こちらが恥ずかしくなった。
しかし、周りの人達はもっと恥ずかしい人達だった。
食事の時も、みんなは「あ〜ん」とかいいながらいちゃいちゃ
KAWAさんも食事の時はともかく、それ以外の時には
KAWAさん:「あたしたち、もう新婚なんだから・・・」
と、すり寄ってくる。
恐らく、演技だろうが 僕には勿論演技などする余裕は無い。
「あ!」とか「う!」とか 母音の段を順番に喋るだけだった。
ただでさえ余裕の無い状態で 目の合う添乗員。
何度もあると、だんだん恥ずかしすぎてトイレに逃げ出した。
トイレから帰ってくると、僕の席には同じツアーの女性が座っていた。
そのまま、席に帰らずに非常口のところから外を見た。
勿論、窓の外には雲しか見えず、飛行機の中なのでタバコも吸えず時間をもてあますことになった。
二人の会話は、こちらのことなどいなかったかのように続いてゆく。
立っている、僕にもエアアテンダントはコーヒーを出してくれる。
これも、こういう事に良く慣れているサービスの一つだろう。
窓から外を見ているのは、目のやり場に困ったからでもあり 結婚式を終えたばかりの新婚で知らない人ばかりの飛行機。言葉も通じない人が大多数。
すでに、露出の無いラブホテル状態だった。
その中にも、何年も付き合ったカップルなのか、お見合いでくっついたカップルなのか反対側を向いていたり、片方が眠りこけているカップルもいた。人それぞれで面白かった。
KAWAさん:「あっ、帰ってきた お〜い」
「はい! ゆっくりお話してくださいね」
もう、10分ぐらいはいるんだけど・・・・と思いながら KAWAさんの隣にいると理性が心配だったのでそう返事した。
女性:「邪魔しちゃ悪いから、又後でね」
KAWAさん:「またね〜」
女性が自分の席に帰ったので 見送りながら自分の席に着いた。
席の隣には、股の間に手を拝むようにはさみこんで、下を向いてもじもじする男の姿があった。
女性が何か、一言二言喋ったが、男はただ頷くだけであった。
しばらくすると、女性は天を仰いで肘掛に肘をついて通路越しに他の乗客をつまらなさそうに覗きだした。
興味深く覗く僕の視線を背中越しに伺った、KAWAさん。
KAWAさん:「お見合いですって」
「はい? そうなんですか」
KAWAさん:「彼が、すごく奥手で困ってるんだって。嫌いじゃないらしいんだけど なかなかうまく溶け合え無いそうだって。何とかしたげたいと思うんだけど・・・」
「はい」
どう 返事したらいいか解らなかった。
KAWAさん:「それより楽しみましょ」
すごく、日常の話をした。
テレビの話、ファッションの話、遊びに言った話、仕事の話(多分これは嘘だと思う)
後は、おいしい食べ物の話(きっとこれは実話だと思う) いろいろと話をする。
「そういえばKAWAさん、食事足りました?」
小声で聞いた。
KAWAさん:「そうだ、忘れてた 一緒におやつを食べましょ」
KAWAさんは鞄の中から、おやつを出して食べ始めた。
他のお客さんにも勧めながら 目一杯、新婚気分を楽しんでいる。
KAWAさん:「あ〜、このままゆっくり出来たらいいのに・・・・」
KAWAさんの本音だった・・・・と思う。