伊藤探偵事務所の混乱 36

老:「こりゃあいかんのう、年を取ると話が長くなっていかん。とにかく食べておくれ」
みんな食べる手を止めて老婆の話に聞き入っていた。
そして、我に返ったが だれも食べ物に手を出さなかった。
勿論、KAWAさんでさえ。
arieさん:「老、私の」
喋りかけたarieさんを、老婆は手を前に出す事で止めた。
それは、arieさんに言ったというより皆に言ったようだった。
ようやく、皆が食事を再開した。
所長:「その塩に興味はあるが、これはこれでなかなか」
ぬりかべさん:「そうですね、うまい」
KAWAさん:「でもー」
恨めしそうに、KAWAさんがこちらを見た。
こんなに見られていると、食べられない。
arieさん:「あたしも食べさせてもらった事無いんだけど?」
老:「ほりゃ、しょうがあるまい」
「僕が上げても駄目ですかね?」
あまりにKAWAさんの視線がきつかったので、駄目もとで聞いてみた。
老婆が笑った。
老:「いったはずじゃ、今お前が言ってかなわぬ事は無いと」
「じゃあ、KAWAさんどうぞ」
KAWAさん:「いっただきまーす」
本当に嬉しそうな顔で、フォークを肉に突き刺した。
口まで、持ってきたところでKAWAさんの動きが止まった。
KAWAさん:「あっ、」
老:「どうしたね?」
KAWAさん:「駄目よ、やっぱり貴方が食べなきゃ。これは責任よ」
口ではそういいながら、喉からつばの飲み込む音がした。
ゆっくり息をして、うん っと頷いた。
KAWAさん:「はい、もばちゃん、あ〜ん」
老:「そうか、嬢ちゃんが食べさせるか。よいのお 若さは」
KAWAさん:「はい、信じていますから」
老婆に向かって、きっぱりと言い放った。
でも、
KAWAさん:「はーい、もぐもぐしてね」
こっちを向いた時には、いつものKAWAさんだった。
食事は、恥ずかしい状態で続いた。
「もう食べれませんって」
KAWAさんのペースで、口の中に食べ物を入れられるととても消化が間に合わないと言うより、咀嚼が間に合わない。
どんなにおいしくても、肉は肉。噛まずに飲み込めるもんじゃあない。
KAWAさんはどうやって食べているんだろう?
段々、入れられるのと、食べるのとのバランスが崩れてゆきその内喋る事もできなくなった。
「もごもご」
両手を振って、何とかKAWAさんの進行を止めた。
あごの耐久試験の結果、なんとか自分の料理を全て食べ終えた。
思ったより、僕のあごが耐久性があることと、それに伴う筋肉がついていかないことが解った。
「ご馳走様です」
僕が食べ終わる頃には、全員(勿論KAWAさんを除いてである)食事が終わっていた。
所長は、老酒でいい気分になっているようである。
料理を出してくれる 女の子をからかい始めた。
すこし、ギクシャクしていた雰囲気が、いつもの事務所の雰囲気に戻り始めた。
これで、arieさんが怒鳴り始めたらいつもの通りなのだが、今日はarieさんは静かだった。
みんなの周りに 匂いのするお茶が運ばれてきた。
恐らく、ジャスミンのお茶であろう。
香りが部屋の中を満たした。
鼻から入った香りが、そのまま体の中を駆け抜けるようで、もう詰まらないぐらい一杯になったお腹が急に活発に動き出すようである。
ただ、体中の血が内臓に集まったようで、座り込んだ椅子から立つ気もどこかへ行ってしまった。
老:「楽しんでもらえましたか?」
「はい、大変おいしゅうございました。」
老:「そうかそうか、よいよい」
「ところで、どうして僕たちにこんなに良くしてくれるんですか?」
老:「そうじゃな、お前さんたちをここまで連れて来たのはarieへの義理じゃな。彼女はわれらの同属。砂漠の試練を越えてきたのでな」
arieさん:「別に、試練を受けたくてやった訳じゃあ無いわよ」
arieさんが言ってた、砂漠に置き去りにされていたって・・・・