伊藤探偵事務所の混乱 35

老:「さて、その料理はうまかったか?」
「はい、信じられないぐらいおいしかったです。なにか・・・・そう、おいしさの次元が違うような気がします。肉の味とかそういう感じじゃないです」
正直な感想だった。信じられない味だった。
KAWAさん:「そう、信じられない味だった」
顔を高揚させてKAWAさんが言った。
僕の台詞を取られた様な気がしてちょっとがっかりした。
老:「それはありがとう」
しわのある顔なので表情の全てが読み取れる訳ではないが、僕はおばあさんが本当に嬉しそうに笑っていると感じた。
老:「覚えておいておくれ、それが一族の味なのじゃ」
「はい」
一族の味と言われてもぴんと来なかった。
所長:「塩・・・・ですか?」
老:「ほう、よく食べもせずに解ったな」
KAWAさん:「そうか、塩の味が違うんだ!!」
もう一度、僕の肉に手を出そうとして、手を止めた。
空気の温度が2〜3ど一気に下がったのを僕は感じた。
老:「一族でも、そう限られたものしか食べられものじゃ。知らずにならともかく、2度目は無いのぅ」
erieriさん:「はん!、ただの塩ぐらいで・・・」
arieさん:「erieriちゃん、そのぐらいにしといたほうが良いわ。あなたでも 駄目かもよ?」
空気の凍結が極限まで来た。
所長:「塩は民族の宝、塩は一族の証。 ですか・・」
老:「ほほう、人は 見かけによらんな。arieが一緒にいる訳じゃな」
左右に目を配りながら、老婆は言った。
それだけで、空気の凍結が溶解した。
erieriさん:「ふん!」
そういったerieriさんは外に出て行ってしまった。
老:「我が一族の始まりは、“塩”じゃった。はるかかなた昔・・・」
老婆の話が始まった
 
小さなコミュニティで生活する彼らだが 、決して肥沃な土地では無い所で生きていくのは大変だった。
少ない、家畜を僅かな牧草のある地を渡り歩いて育てていた。
その放浪の生活の中でかけがえの無い宝を見つけ出した。
“水の無い土地には人は住めない“とよく言うが、同じように塩の無い土地にも人は住めない。
特に、海を近くに持たない内陸の人たちにとって塩は生命線の一つであった。
時によっては、同量の黄金と交換されることもあったほどである。
そして、それが一族の糧となっていった。
もちろん、そんなものを見つけることの出来ない同属もいたし、それだけで生きていけるほどの富は生み出さなかった。
だが、細々、産出される塩が彼らの助けになったことは確かであった。
塩であるが、彼らの塩はいま、皆が食べている塩とは少し違うものである、。
塩には海から取れる海水塩と、岩山なんかから産出される岩塩とがある。
あくまでも、海が近くにある場所では海水塩が使われる。
なぜなら、海水塩は簡単に精製できるからである。
海の水をそのまま蒸発させるだけでも塩は取れる。
また、その味も海の水が世界中繋がっている以上 大きな差にはならない。つまり、今で言うところの“塩辛い”味になるのである。
だが、岩塩は場所によって違うが、彼らの産出する塩は人の入らない山に入り岩を砕き発掘して手に入れるものだった。
土壌の状態やそこに生える植物によって味が変わり、ひどい場合には毒ですらある。
顧客の要求に応じた量を作り出すのは 命がけの努力と経験が必要であった。
まあ、味が変わるが故に とんでもなく、そう 驚くほどおいしい塩が産出されることもある。
それが、この料理に使われていた塩である。
そして、この塩そのものが富になる。
その発掘場所や技術は、一族の中で秘密に代々受け継がれて行くようになり、勿論、他の部族から命がけで守る物になった。
秘密を守ることは想像以上に難しかった。故に今のような城壁に守られた中に住むようになったのである。そして、一族のものは秘密を共有するべく 鍵すらも無い部屋の中に住んでいる。それが、今でも続いている。
やがて、時が過ぎ 流通のしくみが出来上がってゆき富の対象が別なものに変わったとき 塩の価値が無くなり、彼らは出稼ぎに行き各国に散らばった、そして一部のものは盗賊になった。
しかし、姿かたちがどんなに変わろうと、住む場所がどこであろうと、どんな事をしていようと彼らの故郷と血の結束は変わらなかった。