伊藤探偵事務所の混乱 41

誰が気を利かせてくれたのか、それとも本当に暇だからなのか 僕とKAWAさんは外に出かけた。
シェンさんが案内について、車も用意されて勿論運転手付きで出かけた。
広大な大地、見渡す限りの地平線どれも昼間見ると新鮮だった。
正直ここ2〜3日は気が休まらなかった。
老婆の話は創造の粋を大きく超えるもの。
arieさんや所長の期待は高まり
他の人たちの珍しいものを見る目や、頭では解っていても心から服従しているわけでない納得いかない僕への態度などはちりちりと僕の神経をすり減らしていった。
もちろん、これまでの無理な行軍で僕の体力が磨り減っていたせいもあったが。
とにかく、大きな気晴らしになると思っていた。
実際、視線を定める必要の無い カメラで言うとピントを無限大で固定しているようなものでどこもピントが合い、360度どちらを向いても同じ景色なので見回す必要も無い。
退屈は溜まったが、ストレスは溜まらなかった。
僕以外の人は全て(勿論運転手を除いてだが)深い眠りについている。
よだれを垂らすと、貰い手が無くなるよ と思いながら横顔を見ていた。
心が空になるような時間だった。
時折見えるのは空を飛ぶ鳥が、影を落とすぐらいの事だった。
僅かに、遠くの地平に土煙を上げている物が見えるぐらいだった。
「あれは、馬かな?」
窓に顔を付け呟くように独り言を言った。
背中に、柔らかいもののあたる感触。
身に覚えのある・・・
「KAWAさん・・・」
なんで、KAWAさんが・・・
みんなは寝ているけど 運転手は・・・
シェンさん:「間違いないですね」
背中にあたるのは シェンさんの胸?!?!
もしかしてシェンさん・・・
振り返ったら、目の前にはKAWAさんの顔が。
「ご、ごめんなさい!」
シェンさんは、何か運転手に怒鳴っている。
KAWAさんの真剣な視線は、僕を超えて窓の外を見ている。
KAWAさん:「車ね、間違いなく」
シェンさん:「間違いないでしょうね」
「こんな広い平原でも、人との出会いってあるんですね」
シェンさん:「おめでたいある」
KAWAさん:「ここでは、恐らく10年待っていても他の人と出会うことは無いと思うわよ」
「じゃあ、あれは?」
シェンさん:「持ち合わせした? 貴方と」
「この国に知り合いはいないと思うんですけど」
KAWAさん:「こちらは知らなくても、相手は良く知っているようよ」
数時間かけて車の向きを微妙に左に変えている。
しかし、相手の車は近づいているようだ。
徐々に、景色が変わって 人の背ぐらいの岩の並ぶところに入ったところで車をとめた。
そして、車を降りて慌しく荷物を降ろし始めた。
「どうするんですか?」
シェンさん:「勿論、ご飯よ」
KAWAさん:「ごはんごはん!!」
運転手は、言葉が通じない事もあって無言で用意を始める」
「あの車はどうするんですか?」
KAWAさん:「それよりもご飯優先!! 暗くなると食べられないわよ」
薄暗く成りつつある周りの状態を見ながら言った。
KAWAさん:「こちらが気が付いているか確証は取れてないはず。見えるところまで、車を近づけて止めるとは思えないでしょ。そうすれば、ご飯食べている時間ぐらいは十分にあるはずだからゆっくり食べられるわよ」
シェンさん:「来るつもりだったら、もう来てる。暗くなるのを待ってる。大丈夫大丈夫」
何が大丈夫なのかは解らないが、ご飯を食べる時間があることだけは解った。
質素ながら、十分なボリュームのご飯を堪能した。
幾分、気に成る事が多すぎて 食欲は湧かなかったが。
そして、食べ終わったところで、火の周り、車の周りから離れて隠れた。
日が沈み、あたりが暗くなってくる。
それと共に、肌に感じる危険な空気の振動が強くなってゆく。
焚き火の傍に置いてある荷物に、銃弾があたった。
ようやく相手が近くまで来たようだ。
KAWAさん:「行くわよ!」
シェンさん:「じゃあ、反対側から」
僕は心の中で“いってらっしゃ〜い”と叫んでいたが、返って一人のほうが危なそうなのでKAWAさんの後ろを走った。