伊藤探偵事務所の混乱 42

erieriさん:「とっおっいっ って 筈は無いわね」
岩山の一番高いところに上がり、そこからロープを垂らし右足を器用に絡ませ、両手には通勤電車の中で新聞を読むサラリーマンのように衛星写真を大きく開いて周囲の地図を確認している。
erieriさん:「きぃっと、遠くは・・・」
ロープの長さは勿論、がけ下まで届く筈は無い。
右足の端まで行ききったロープが解けてそのまま崖から落ちようとした瞬間、左足の親指と人差し指がロープを挟んでぶら下がった。
erieriさん:「うおっと」
片足の指だけで、ロープにぶら下がり 周りを見回した。
erieriさん:「う〜ん」
反対の足の指も、ロープの端を捕まえた。
まるで、何も無い所に階段でもあるかのように一歩ずつ、erieriさんはロープを伝って崖の上に戻ってゆく。
背筋をピンと伸ばして、背中が伸び上がって胸を張りながら斜めに傾いた体は一歩一歩歩いてゆく。
崖の上まで、ほんの数十メートルのところまで来たところで 崖の上に人影がいるのに気がついた。
erieriさん:「失礼、手を貸してくださる」
そのまま何事も無かったかのようにロープを歩いてゆく。
男:「失礼、両手がふさがっていて手が貸せないんだ、次お会いした時ににでもお手伝いします」
erieriさん:「一人前の男なら、レディーの困った時には手を貸すものよ。お母さんに教えられなかった?」
男:「母は早くになくなって、父親に育てられたから そう言ったことにはとんと疎くて」
アメリカ人のように首をすくめた男の両手には、右手に銃と 左手にはナイフが鞘から出されて握られていた。
erieriさん:「じゃあ、あたしが教えたげる。手を貸しなさい?」
男:「教えてもらう前に、仕事を済ましとかないと 夜の一杯がうまくないんだ。貧乏性でな」
erieriさん:「女性が一緒に飲まないお酒しか飲んでないからよ」
喋りながら、erieriさんはもう、数メートルで崖のところまで上がってきた。
男:「レディと言う割には恥ずかしい格好じゃないか?」
erieriさんの上半身は背筋をピンと伸ばした姿であったが、下半身は長いスカートが風になびいている事もあったが、重力を下にしてスカートは体を隠すような構造にはなってなかった。
erieriさん:「いい男は、見えてない振りがうまくできるものよ」
男:「酒場の女は、みんなそんな格好をするもんだと思ってたがな、チップはどこに挟んだらいい?」
erieriさん:「安っぽい女と一緒にしないで」
erieriさんの歩みは規則正しくて、もう数歩の所まで近づいた。
男:「そこまで! それ以上動くと右腕のアルコールが切れて震えで引き金を引いてしまいそうだぜ」
erieriさん:「じゃああたしと飲みなおしましょ」
男:「動くなって言っただろ。性悪女を見分ける目だけはあるんだ」
erieriさんがそれでも上ってこようとしたところで、男の銃が火を吹いた。
“だぁん”
崖に木霊して、音が何度も響いた。
erieriさん:「あんた馬鹿じゃない? これで逃げ道を失ったのよ」
男:「大丈夫さ、あんたは彼らの身内じゃない」
“ちっ”erieriさんは心の中で舌打ちをした。
同属の血の濃さもいつまで持って訳じゃなさそうだな。
いよいよ危ないか?
男:「どっちがいい?選ばしたげるよ あんた美人だから」
erieriさん:「ワインとブランデーなら、あたしはワインよ」
男:「おれはイスラームじゃ無いから 右手に剣左手に酒じゃなくて 右手に銃左手に剣なんでね。どう死にたいかってことさ」
erieriさん:「どっちも趣味じゃないわね、第3の選択を出して」
男:「残念だ、時間切れだ」
左手に握ったナイフを、erieriさんの捕まっていたロープに向かって投げられた。
落ちるロープに捕まっていたerieriさんも落ちる。
落ちるのを留めるように、両手を振り回すが勿論そんな事で落ちるのが止まるわけじゃない。
少なくとも50mのロープでは底につかない高さ、その数倍はある谷底に向かってerieriさんが落ちてゆく・・筈だった。
振り回した両手からは、見えない糸が投げられていた。そして、男の首に絡まった。
突然の事に、男は首を押さえてよたよた歩いている。
erieriさん:「私を引き上げないと、首が取れるわよ」
数歩、erieriさんを引き上げながら歩いた男は、力尽きてそのまま倒れた。
erieriさん:「この根性なし!!」