伊藤探偵事務所の混乱 45

銃底がほほをかすって地面に叩きつけられた瞬間に、地面に突きつけられはね飛んだ小石が耳に当る。
体を起こそうとするのを、必死で押しとどめようとする男。
しかし、未だ目が見えていない。
振り回した肘が、相手の男の頬に突き刺さる。
目が見えない以上、何が起きたか解らない男は 何も無い空のほうに向けて腕を振り回す。
その瞬間に緩んだ拘束が 僅か数十センチであるが腕を肩から自由にした。
足の押さえを、腕がすり抜けた。
地面に腕を付け起き上がろうとしたが、相手は流石に混乱はしたものの離れれば不利なことをよく理解しており 逆にわき腹を締め付けこちらの自由を奪いに来る。
起き上がることは失敗したが、その時に付いた手には小さな石の感触があった。
そのまま振り上げて相手の顎を狙って一撃を加える。
勿論、狙って振り回すのであったが こちらの体を相手が抑えているのでこちらの動きをある程度予測され大きく的をはずされた。
顎のはずが頭に。
頭にはナイトスコープを跳ね上げているので直接の打撃は与えられない。
火花が散って、石は半分に割れて多くは砂になった。
思った以上に柔らかかったようだ。
しかし、男は予想以上に苦しみ始めた。
跳ね上げているのはナイトスコープのみ 母体のサポートは未だ顔に取り付けられたまま。
勿論、予想もしなかったことであるから知りもしませんが 後でわかるのであるが 白兵戦用のものであれば良かったのであるが 狙撃用の物は頭に極めてぴったりフィットして狙撃時に狙いを狂わせないようになっているのだが それが災いした。
相手の鼻の骨が折れ、既に開かない目にもかなりのダメージを与えた。
恐らく耳にも・・・・
生暖かい液体が僕の胸に広がる。
馬乗りになった相手の顔から血が滴り落ちてくる。
その時点での僕にはわからなかったのだけど、攻撃が効いたことはわかった。
反対の腕で、今度は頭のスコープの反対側を思いっきり殴った。
右手で体を起こしながら、精一杯振り上げた。
相手の拘束が緩んだためが、腰が90度廻って肩から流れるように手のひらでの打撃がスコープに向かって飛んだ。
拳を握らなかったのは、スコープが硬そうだったからである。
思いのほか強い打撃だったのは、相手の体が僕の体を離れ2〜3周地面に転がった。
何か、意識したわけではないがそのまま立ち上がった。
胸に付いた血が気持ち悪かった。
殴られて自分の血で服を汚したことはあるが、人の血をかぶった事などは無かったからだろうか?
KAWAさん:「やるじゃん!! もばちゃん」
肩で息をしているものの、両足を地面に踏ん張って胸を張って立っていた。いつの間にか震えも止まっていた。
これが、“雄”の本能なんだろうか?
しゃべっているKAWAさんは、何人もの男と戦いながらしゃべっている。
やはり、その考え方は勘違いだろう・・・
僕が殴り倒した男は、地面を転がり水の外に吊り上げられた魚のように暴れていた。
男のいた辺りに転がっている銃を手に取った。
実は、打ち方、使い方も知らないんだが何故だか無意識に手に取った。
これまでに、幾度か銃を持ったが 今回は怖さじゃなく重量感が安心に繋がる気がした。
 
流石にKAWAさんの動きはすごかった。
シェンさんのように一撃一撃で相手を倒してゆく戦い方ではなく、相手の攻撃を避けている行動が全て攻撃に繋がる。もしくは、相手の裏側になる場所に滑り込むように入ってゆく。
頭を刈る蹴りには、体を屈めた動作はその蹴り足が既に相手の胸に突き刺さる。倒れこんでくる相手を避けて立ち上がれば目の前に倒れこむ相手の胸に膝で攻撃する、そのまま後ろから殴りつけてくる相手の拳に軽く手を当て少し方向をそらせば、今倒れこんでくる男の下に拳が入り込み 道連れにされるように一緒に押し倒す。倒れた男の頭には 首の後ろに低いヒールの踵がめり込んだ。
反射的に体を痙攣のように起こす男の背中の反動を利用して高く飛び上がり、離れた場所にいる相手の肩を越える高さまで飛び上がった体は、相手の視線の外から降ってくる。
正面にいて、こちらを向いているはずの相手だが 人がいる筈の無い高さを進んでくるKAWAさんの事は、意識では認識していても訓練されたはずの体ですら反応しない。
相手の肩に乗って、そのまま真上に飛び上がるKAWAさん。
いくら軽いとはいえ(知りませんけど)肩の上に着地、勢いをつけて飛び上がられたら予想をしてなければ膝が持たずにがくんと体が下がる。
折り曲げて踏ん張る体からは一切の攻撃も防御も出来ずに、重力に任せて落ちてくるKAWAさんの膝は、踏ん張って下がった頭の後頭部に体重もろとも落ちてきた。
声も出さずに倒れこんだ男を台にして、数メートル下がったKAWAさんがいた。
KAWAさん:「もばちゃん大丈夫?」
僕よりも相手が大丈夫でないようだ。