伊藤探偵事務所の爆発4

場所が変わったところで、生活が変わるわけでも自分が変わるわけでもない。
よく、本場アメリカに留学して・・・・という若者がいるが いくら環境を変えても本人が変わらなければ効果が無いのと同じことである。
レコード聴いて、一人部屋で閉じこもってギターを弾いてる限り、アメリカに行かずに日本でやっていても同じだという事で、自分の部屋が職場になったところで 一日の大半を元々そこで過ごしていたのだから 生活が変わるはずは無い。
本当に通勤時間が無くなっただけの事である。
でも、安息の場所が無くなったことは精神的に大きな負担である。
「ちょっと出てきます」
僕は自転車に乗って出かけた。
僕の家は、通勤のことを考えて事務所のすぐ近く。図雨紛自転車でいける距離。
レンガ造りの事務所の脇に、おばさん自転車を止める訳にもいかないので 少し良い自転車を買った。
フレームは、前から後ろまで一本のパイプで クロムめっきで光っている。
小さな車輪だが、前後にダンパーが付いているので サイズの割にはがたがたしない。
パイプのストッパーを外すと真ん中で二つに折れる自転車だ。
時々、ぬりかべさんの車で出かけるときにトランクに積んでもらって出かけたりもする。
自転車の話はおいといて、僕が向かったのは事務所。
もちろん、自分のクレジットカードを探しにいったわけではなく、何かヒントになるものがないか見に行ったのである。
erieriさん:「何かいいもの見つかった?」
arieさんに負けない押しの強い雰囲気。
先日、中国で別れたerieriさんだった。
「あ〜っ」
erieriさん:「元気そうで何よりね」
思い出せば、こんな風に話をする間柄ではない。
彼女のお陰で、砂漠でもう少しで死ぬところだった。
「そちらこそ、良く逃げられましたね」
erieriさん:「やっぱり、あの女の仕業だったのね・・・」
いきなり、顔に怒りの表情が浮かび上がった。
中国では、arieさんは erieriさんを囮に逃げ出し、erieriさんはarieさん(つまり、僕も一緒に)逃げる車に仕掛けをして 砂漠の真ん中で立ち往生させられた。
erieriさん:「ところで、これ何?」
崩壊した事務所を指差してerieriさんが聞いた。
「さー?、買い物から帰ってきたらこうなっていました」
erieriさん:「中身は?」
「人間を除いて燃えたみたいです」
erieriさん:「燃え残っちゃ社会のためにならないものだけ 燃え残ったのね」
arieさん:「憎まれっ子世にはばかるって言うからね」
「arieさん!?」
arieさん:「火事場泥棒でもしに来た?」
erieriさん:「盗むような物があって? こんな寂れたところに」
arieさん:「さ〜? 中国の田舎でも盗む物があったんだから何か有ったんじゃない」
erieriさんの眉が、ぴくりと瞬間上がった。
erieriさん:「あんたがそうする様に仕向けたんでしょ。知ってるわよ、囮にして逃げたんでしょ」
erieriさんの指先が大きく宙を動き回る。言葉に合わせて、あちこちと忙しげに。
arieさん:「人聞きの悪い、あなたが盗みを働くから、その隙に逃げただけよ」
erieriさん:「その割には、沢山持ち出したらしいじゃない?」
arieさん:「あら? 何のことかしら」
erieriさん:「あたしが持ち出してないものの罪までおっかぶせたでしょ!!」
arieさん:「あたしのは、正規の報酬よ」
erieriさん:「どうだか?」
arieさん:「それよりも、良くもあたしの車を壊してくれたわね」
erieriさん:「何のことかしら? 整備不良じゃない?」
arieさん:「整備不良の車のパイプはやすりで切られたりしてないわよ」
erieriさん:「まあ、悪い奴がいるものね。JAFの会員にちゃんとなってた?」
arieさん、erieriさん:「・・・・」
二人の間には、入り込めない空気が流れていた。
何事かと、周りに野次馬が集まりだした。
「ちょっと、二人とも」
恐る恐る、止めに入った。
arieさん、erieriさん:「邪魔するな〜!」
僕のほうに 大きく体を翻したarieさんの手からは、ナイフが飛んで erieriさんの手からは、恐らく糸がとんだ。鋼鉄の糸はerieriさんの手から発せられる武器だった。
大きく、僕の傍を通り過ぎたそれらは、そのままこちらを見ていた野次馬の群れに飛び込んだ。
数人が血を吹いて倒れた。
「な、なんて事を!!」
逃げるはずの、野次馬たちが 左右に分かれ大きく弧を描くように僕たちのほうに向かってきた。