伊藤探偵事務所の爆発 28

王子:「日本の気温はわが国でも同じぐらいだが、湿気が多くて辛いな」
水をドアにかけながら、言った。
かけた水は、うっすら蒸気になって部屋の湿度を上げる。
もっとも、湿度なんか高くなくても、水をかけ続けるのに汗びっしょりで細かい湿度なんか感じていない。
もう、こんな冗談も彼女には届いていない。
布団をかぶせて、上から水をかけて篭らせている。
いつまで水が持つかが心配だが、幸いにも屋上にタンクがあるようで蛇口からは十二分な漁の水が出ている。
計算では、もう、助けが来ていてゆっくりしている頃なのだが 日本の消防もあてにならない。
しかし、随分前から消防車の音が聞こえているにも関わらず助けが来ない。
職務怠慢で訴えてやる。
俺が死んだらどうするんだ!!
“ドン!”
壁の向こうで大きな音がする。
その衝撃の強さは、床から伝わってくる振動で解る。
十分やばい事は、この揺れで感じられる。
「もう一度捕まったげるから助けに来て〜」
叫んでみても、誰も助けに来ない。
ドアから噴出す水蒸気が、徐々に強まってきた。
疲れた体を奮い立たせて、バケツでドアに水をかける。
「あっつ!」
気が付かなかったが、水の筈がお湯になっていた。
水を沢山出そうと、あかいコックまで捻ったのがまずかったんだろうか!?
“ぷしゅ〜”
ドアの隙間から噴出した水蒸気で体が跳ね飛ばされた。
「つぅう」
間に合わなかったか、と 覚悟を決めた。
火の勢いを借りて、ドアに亀裂が入りひびが上から下まで放射状に走った。
もう一度鳴った大きな音で一気に崩れた。
反射的に、ベッドの方向に飛びのいた。
せめて、この子だけでも守ろうと、上に覆い被さった。
背中に一気に感じる熱気・・・の筈が背中に感じる冷たい水。
えっ、と驚く暇も無く 暴力的な水圧でベッドの上から頭のほうまで飛ばされた。
頼りにしていたベッドは、掴んでいたのがシーツだけだったので殆ど役に立たなかった。
背中と腰をしこたま打って身動きが取れなかった。
運悪く背中から飛ばされたので、水が顔に直撃し域が出来ない。
夢中で、掴んでいるシーツで水を遮った。つもりだったが水の勢いに逆らえなかった。
ハイトーンな女性の叫び声が無ければ、このままシーツに絞め殺されて死ぬところだった。
そうそう、彼女の名前は“みどり”ちゃん。すごく小さくて可愛い子である。
上下が逆さまになって、頭のを下に突っ伏している格好は男らしい格好とはとてもいえなかった。
なにか冗談の一つも言いたかったが、状況がそれを許さないようで 大きな銀色の布に包まれ まるで荷物のように乱暴に運び出された。
恐らく、みどりちゃんも同じだろう。
上と下が判断できないほど回されながら運び出されて、乱暴な梱包を解かれたのは、地面に足を付けれる状況まで来てからである。
「大丈夫ですか!」
こら、ほっぺたを叩くんじゃない。返事が出来ないじゃないか。
王子:「ごほっ、ごほっ」
嫌がらせで飲まされた大量の水が、口から出すはずだった声の変わりに水を噴出させた。
少し離れたところで、時々光がまぶしく光って瞬間で消える。
しまった、マスコミだ。
王子:「大丈夫だ!」
剥かれた包装紙を、改めてかぶった。
消防員:「やけどをしている可能性があるから、早く見せて!」
無理矢理、銀の毛布は剥ぎ取られてしまった。隠しようが無い。
開き直って、地面に座り込む。
「生きてたのか〜」
うだつの上がらなさそうな、40台ぐらいの親父が泣きながら僕のほうに向かって叫んでいる。
勿論知らない男である。何だこいつは?
救急医療従事者が、僕の体を叩きながら調べる。
もちろん、自分も水をかぶりつづけていたしいやっと言うほど最後に水をかけられたのでやけどなんてするはずが無い。
親父が、そのまま抱きついてきた。そして耳元で言った
「話をあわせろ!」
泣きじゃくる親父が、頭を抱え込むようにして俺の頭を振りまわす。
日本は嫌いだ、男としか縁が無いようだ・・・・