Miss Lは、ローズバスが大好き 4

階段を一段ずつ上がると、そのたびに風が強くなるような気がする。
コートのすそが、腰近くにまで跳ね上がっているような気がする。
スカートは長い巻きスカートだから跳ね上げられる心配は無い。しかし、長い巻きスカートはただですら階段を上がりにくいのに 動くたびに風を孕んで足を取られそうになる。
手すりにもたれかかるように上がったら、手が凍って手すりに張り付きそう。
もたれかかる手すりに目線が行くと、その下には寄るならきっと夜景が綺麗な景色。
テレビで見るのにはいいのですが、実際に見ると何故だか足がすくんで、余計に歩きにくくなる。
手すりにもたれる事が怖くなって、辛うじて手は離さず上に上がる。
僅か40段ほどの階段が、限り遠く見える。
もう数段というところで、おかしな事に気が付いた。階段の踏み板の右から30cmぐらいのところに深い傷がある。それが数段に渡って続いてる。
とりあえず気になったので写真をとった。そうして踊場に上がると違和感が。
普通だったら気が付かなかったと思うけどいまは、手すりにつかまりながら上がっている。手すりのちょっとした起伏にも指が反応する。
明らかに力がかかって歪んでいる。
そして、背後に迫る嫌な気配。
「触んないでよ!!」
振り返り際に鞄が相手のお腹辺りの場所に刺さった。
鞄の金具が相手に当って 金属同士がぶつかる甲高い音がする。
「えっ?」
黒い鎧に包まれたような私より小柄な、私も小学生高学年ぐらいしかないので(って、これでもさばを読んでいるのは秘密)幼稚園児ぐらいかしら?
ただ、ウエストの辺りが細すぎる事と なにより相手には同じ色をした跳ねが背中から生えている事。
こちらが力いっぱい叩きつけた鞄も相手には堪えてないらしい。
低い背のお陰で頭に当ったらしく、顔はこちらを向いていない。
案内してくれた男は、階段の途中で固まっている。
良く映画の悪魔なんかがぎこちなく動くのを見ていて なんか興ざめするのですけど 本物見ても 妙な動きをするのが同じようなものかしら。
肩の関節が違うのか 最初はすごい人形のようななで肩だったんだけど 今は耳の高さまで肩口が上がっている。
もしかしたら肩が上がっているのではなく、大きく開いた口のせいで肩が上がったように見えたのかもしれない。
とりあえず、手近にあったヘルメットを大きく開いた口に向けて突っ込んだ。
思ったより大きな口だったのは計算外で、ヘルメットがそのまま入ってしまった。
凍えている手で、気が付いたけどすぐに引き戻す事が出来なかった。
その小さな動物?の口が私の手を噛み千切りにきた。「いたっ」っと思って目を瞑ったんだけど 艶かしいぬるぬるした感触だけが袖に当った。
「あっ、あったかい」って馬鹿な事を考えながら 急いで手を引っ込めた。
小さいのに、低い唸り声を上げた。
入るのには入ったけど、簡単に抜き出したり出来ないようで 口の中を短い手で何とかしようとしているが 大きな口や羽根ほど手は自由に動かないらしく 口をもごもごさせている。
歯のの裏側に入れたので、というより押し込めるところまで押し込んじゃったので喉の奥まで押し込んである。
牙で割る事も出来ないのでしょう。
地面に口を開いて擦りつけたりしている間に階段から落ちて 背中の羽を使って飛び上がった。
しかし、その飛んでいる姿は風に煽られているというより 苦しくてふら付いているようだった。
「あれはなんですか?」
さっきまでは、私がへっぴり腰で階段を上がっていくのを笑いながら見ていた 案内の人が聞いた。
「あたしが聞きたいわよ この鉄筋は檻かなんかになっているの? それにしてもしつけが悪いわね!!」
どうも、腰を抜かしているようで私に怒鳴られても私の言葉に驚いた顔はしているけど立ち上がってこない。
コートの袖が、どうもさっきの化け物の牙が引っかかったようで ぼろぼろにささくれている。もう、10年も着ているコートなのに!!
「はぁ〜!」
ため息なのか、緊張が切れた事による呼吸なのか 胸の中に溜まっていた空気を全て吐き出した。
階段を一人で下りて、取り合えず展望台への扉を開けて中に入った。
風で髪の毛もばさばさ、格好もさっきも言ったとおりぼろぼろ。最悪の気分だ。
展望台の自動販売機の前のベンチに座り、カップのココアを体に流し込んだ。
熱すぎて飲めないほどな筈なのですが、そのまま飲み込んだ。
食道や胃の形が自分でも分かった。縮み上がっているようで自分で思ったより小さかった。
倒れる前に、タクシーに乗って帰ろう。
タクシー代は経費で出るかしら?