Miss Lは、ローズバスが大好き 38

「お嬢さんどう致しました?」
私は身構えた。今までここには そう見渡す限り誰もいなかったはずだったのだ。
ゆっくり顔を上げると、そこには普通でない色使いをした服を着た男がひとりいた。
その顔にも、どぎつい化粧がされていた。
足元にはつま先に金の丸い玉の付いた靴。足首はきっちり縛ってあるが足はそのシルエットすら伺えないようなだぶだぶの白い、しかし、それがきれいに丸く拡がるアラビア風のぱんつ。手のひらほどの太さのある茶色い太いベルト。
肩越しからベルトのバックルに向けて束ねられるように集められた幾重もの布地が 赤色、黄色、青色と原色に近いものでそろえられている。
腕も手首までの白いタイツに隠されていて、手も白い手袋で隠されていた。
薄い紫色の向こうが透けて見えるマントのような掛け物をたなびかせ、斜めにかぶった長い帽子から見える顔は、白く 目の周りは星型に飾られていた。
「ピエロだ!」
ピエロ:「その通りです」
自分の口からしゃべったつもりもない言葉だったので 返事をされて余計に驚いた。
たしかにピエロにしか見えない姿だった。
どこからか判らないが、気が付いたら地面に直接座り込んでいた。
いつもズボンだけど、今日はスカートなので地面が冷たかった。
膝を曲げて、ピエロは私に手を伸ばしてくれていた。
手を出しかけて、手がどろどろだったことを思い出し思わず引っ込めた。
「すいません、手が汚れていますので」
右腕を手を大きく振り上げて、ちょうど空に一番近くなったところあたりから手元が赤く染まっていた。
下ろした軌跡を赤い布が追いかけた。
手が私の目の前で止まり、ゆっくりと私の手を赤い布が覆ってゆく。
ピエロ:「お客様、どうぞ手をお拭きください」
「よっ、汚れます」
思わず手を引っ込めようと思ったが、既に手の上に赤い布はかぶさっていた。
本当に微笑んでいるかどうかはわからなかったが、ピエロはこちらをみて微笑んでいたように思えた。
「すいません」
きれいな、シルクのように柔らかい布を もったいないと思いながら手を拭いた。
その柔らかさは、布の端が手から滑り落ちるときに 水が手からこぼれているのかと勘違いするほどであった。
「ありがとう」
赤い布の汚れたところを内側に折って ピエロに返した。
ピエロ:「では、改めて」
受け取った布を空に投げると、景色に溶けるように赤い布は消えた。そしてピエロの手は私の手を取って起こしてくれた。
立ち上がった私の埃を どこから出したのかはたきのようなものではたいてくれている。
「あの、すいません」
とにかく、お礼を言った。
しかし、何でこんなところにピエロがいるんだろう?
「どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」
突然の問いかけに、ピエロは驚いたようだった。
ピエロ:「ピエロは練習です。それよりもお客さんこそ?」
ピエロの練習って何だろう? それより私の来た理由は
「痴漢に・・・」
ピエロ:「痴漢ですか?」
「いっいえ 痴漢にあって逃げてきたんです」
まさか痴漢に会いに行くように言われたなんて言えるはずも無い。とっさに付いた嘘だった。
ピエロ:「こんな寂しいほうに逃げてきたんですか?」
「えとー、痴漢に会って逃げてきて気が付いたら終点まで来ていたの。終点だったから 降りてぶらぶらしていたの」
ピエロ:「面白い方ですね?」
ん?、痴漢に会って逃げてきた女が面白い? すこし カチンときた。
「面白くないです ちっとも!!」
なぜか立ち上がるときから離さないままに成っていた手を、力いっぱい振りほどいた。
ピエロ:「すいません、ここに来られたほかの方とは理由が大きく違ったものですから」
慌てふためいておろおろするピエロ。
やはり、そういう姿のピエロを見ていると自然に笑いが起きてしまう。それに、実際に痴漢に追いかけられたわけではないので 怖さも恨みもなかったから。
「他にこられた方の理由は何なんですか?」
話題を変えるために興味もないが聞いてみた。
ピエロ:「そうですね、やはり一番多いのは 振られてくる女性の方ですね」
つまり、男に振られてふらふら歩いている女に見られていたわけだ。
ピエロ:「ピエロにとっては そういった不幸な方に笑っていただくのが仕事ですから」
ピエロは胸を張ってそういった。
それで練習って訳なのね。このピエロに少し興味が沸いた。
「で、どうやって笑わしてくれますか?」