使えないと 使わないは違う

よく、SmartPhoneをもっていると
「使い方がわからんから 教えて(大阪弁)」と言われることがある。
自他ともに認める(実は自分は認めてない)ガジェット好きなので 何がわからないの?なんてはじめるわけですが
どうも人に教えるのは苦手なようで ろくな結果に終わることが無い。
よくよく考えると PCの時も同じようなことがあったな・・・と回顧してしまうのだ。
 
以前、よく話題にしたのが
「PCの使い方」って何だという話。
PCそのものは何もできない子で、そこにプログラムが入って ようやく動くようになるのです。
当たり前といえばそうなのですが プログラムがないとただの箱なのです。
でも、何でもできるというのは 実は逆の発想で 例に出せばゲームなのだが
昔はゲームセンターで 鏡とランプを使って映し出して フォトセンサーであたり判定するようなゲームがあった。
現在では ディスプレイ上にキャラクターを置いて そこに敵も出してコンピューターの中であたり判定もできるようなゲームとなっているのです。
同様に、カーレースのゲームであれば もともと車があってそれで走るレースがあって それをコンピューターが真似したのがレーシングゲームなのです。
ところが実車ではできない場面や舞台を簡単に作り出すことができます。
レースゲームでは 鈴鹿サーキットやニュルブリンクのサーキットなど 特別な走行会でもなければ フルコース走ったりはできないのだが コンピューターの中では世界中のサーキットを走ることができるわけです。
仮想現実なので それなりに正しくないもところもありますが それよりも走れることがすごいのです。
もちろん、宇宙戦争なども実際の部隊のないものもありますが あったとしたらで頭の中で考えたものをシュミレーションしているわけです。
ゆえに、時代の変化とともに宇宙のゲームは幾層にも変化してゆくわけです。
 
そう思えば たとえばワープロだとかメールだとか言えど 紙にペンをプログラムでコンピューター用にしたにすぎず 伝送方式を郵便屋さんの自転車からネットワークに変えたに過ぎないのです。
表計算だってそうですし 昔なら台帳を作って商品の出荷を紙に書いて請求していたものを、PCなら商品の名前なども記憶し 台帳も請求も簡単に作ってくれるようになったわけです。
昔と違ってカーボンでコピーされる伝票もそういえば減ってきましたから。
そのうち、メールで使うCC(カーボンコピー)の意味も分からない世代が出てくると思うわけですが・・・
 
だとすると、コンピューターで何ができる?という質問はナンセンスで 正しく言うならコンピューターで何ならシュミレーションできる?なんてのが近いかもしれません。
中には コンピューターならではの計算式なども出てきてはいるのですが まあ一般の人には関係ないということで
という意味では 体を動かさない殆どのことがコンピューターによってできてしまうわけです。
そして、その使い方となれば 車の運転の仕方を教えればいいのか 宇宙戦争のための戦闘機の操縦の仕方を教えればいいのか?
商売の基本的な取引方法を教えればいいのか・・・・
すでに何を教えてよいか困ってしまうわけです。
「もっと質問範囲を絞ってくれ!」と頼んでみても
「わからないから聞くんだ!」と帰ってくるわけです。
ひどい話で これが車なのかバイクなのか 洗濯機なのか冷蔵庫なのかもわからないがとりあえず買ったので使い方を教えろと言われているのとあまり変わらないのです。
幸いにも、インターネットの見方とメールの受信ぐらいで、必要に応じてOfficeパッケージの起動の仕方(決して使い方は教えない)ぐらいで説明が済むということは経験則で知れるぐらいは年を取ったのだ。
 
SmartPhoneにおいても同じで ミニコンピューターともいえるというかTabletで比べればハードウエア的にもWindowsRTのPCとAndroid Tabletは同じハードウエアなのでコンピューターといってもよいものだ。
ゆえに、前述と同じことが言えるわけだ。
唯一電話ができるという追加機能が標準でついている程度のものだ。
だとすると 答えに困る質問をされたわけです。
過去の経験則からインターネットの見方と メールの・・・・・というのはすでに分かっているのがSmartPhoneの違うところ
じゃあ、何がしたいのかというと ここは以前と同じでわからないのだ。
便利な使い方があれば教えてもらいたいというスタンスなのだ。
私にとっての便利とあなたにとっての便利は違うだろう!?となるわけだが
大人の対応で、Google MAPというのがあって・・・から始まって たとえばとか家の住所で検索して(大体は最寄駅)ストリートビューで回りを見せれば納得してくれる。
こんなに便利なものなのだと・・・・
一応、あなた方の携帯電話でも出来たんだけどね・・・と聞こえないぐらい小さな声では叫んでは見るのだが 聞こえないように叫んでいるので聞こえない。
まあ、それぐらいでいつも話が終わる。
そこまで知っていると言われれば 今度はナビ機能だ。
アメリカ西海岸を指定して 徒歩でのナビを選ぶと 完全にバカにされた答えが返ってくるので 笑いのままその場が終わってちょうどよい。
 
彼らに共通しているのは 何かに困っているわけではないということ。
実生活でもそうなのだが 飢えるほどにお金に困ってない。
もちろんほしいものはあるがそれがないと死ぬほどのものではなく 趣味性の高いものが多い。
そこに何か新しい刺激がほしいのと同じで SmartPhoneの購入も何か新しいことが・・・という興味が少なからずあるのだろう。
もちろん、時代に遅れたくないという何とはない不安とかも。
故に、何も求めずにやってきたのだ。
「便利機能」は良いのだが 不便していない人向けの便利機能といわれても なかなかないのだ。
ゆえに、困っているであろうことを想像して話ができるのがMAPなどとなるわけです。
 
いつも思うのですが
SmartPhoneを買ったからって無理に使わないとだめですか?
せっかく高機能のものを買ったのに・・・という気持ちはわからなくもない。
じゃあ自分はというと いろいろなことをやらせてみるわけだが これは遊びの世界が多い。
一日の多い部分を使っているとしても 全部の機能を使うことなど実は不可能なのだ。
それを、使い方もわからない人が全部使ってみたいといわれても 全部使えてない私に教えることなどできないのだ。
もとに変えると、じゃあそんな昨日使わなくてもいいんじゃないかな?なんて思うわけです。
「使えない」ことをあまり悲しく思ってないのであれば 「使わない」選択もあるわけです。
努力して使いたいという向上心は立派だが シンプルに使わない生活を選ぶという方法のほうがどうもスマートな気がしてならない。
自分がいま必要でない機能は 「使わない」生活も余計なしがらみに巻き込まれないよい生活のほうに思えてくるわけなのだが・・・・
 
もちろん、私は貧乏性なので優雅な生活は向いていないのだが。

written by HatenaSync