伊藤探偵事務所の混乱 59

「あっ、はいいます ちょっと待ってくださいね」
昨日の経験を今日に生かし、インカムの電源を切った。
・ ・・・ 念のため、電池も抜いた。
油断の出来ない人達だから。
「はい、お待たせしました」
KAWAさん:「ごめんね」
すまなさそうに入ってきた。
KAWAさんの目が、机の上のインカムに注がれた。
KAWAさん:「あっ、それ」
「いえ、たいした意味は無いんです。」
しまった、隠しとくんだった これじゃあ下心みえみえだった。
「今、西下さんとしゃべっていて・・」
KAWAさん:「そう、偶然ね 今私も西下さんと喋っていたの」
そうか、西下さんにはめられた・・・これじゃあどう見ても嘘つきだ。
KAWAさん:「もばちゃん大丈夫?」
ぎくっ、やはり勘ぐられている。
「はいっ、勿論大丈夫です。体は少しがたが来ていますけど これぐらい大丈夫ですよ」
KAWAさん:「うん、良かった」
歯切れの悪いKAWAさんの返事、警戒されているようだ。
「それこそ、KAWAさんこそどうしたんですか? いつもみたいに元気が無いですよ?」
KAWAさん:「そう? 私たちはいつでもこんな事慣れっこよ!!」
作られた笑顔、腕をL字に曲げ“元気ポーズ”をとった。
「いつも、こんな仕事なんですか?」
なんとか話題を変えなければ・・・・
KAWAさん:「えっ・・・いつもはもっと酷いのよ 食べ物が無かったり、穴倉の中に何日もいたり・・・。こんなにおいしい物を食べたりすることは無いわよ」
慌てて、何かをフォローするような口ぶり。
KAWAさん:「それに、もばちゃんもいるし」
なんとなく、言いにくそうだ。
顔の笑みも、だんだんぎこちなくなって来た。
「KAWAさん」
KAWAさん:「はっ はい」
やっぱり警戒されているようで、名前を呼んだだけで一歩引き下がるような返事だった。
KAWAさん:「もばちゃん、戦場ではね 多少皆は感情がおかしくなるの。普通に生きていれば、例えばもばちゃんみたいに 生まれたときから普通の学校に入って普通に生きてきたら小学生の時も“人を傷つけちゃいけません”とか“生き物を殺してはいけません”とかって教えられたでしょ。でも、こういうところはそういう感情を持ち込めないところなの。だから、多かれ少なかれおかしくないと精神の安定が取れなくておかしくなっちゃうの。だから、少しぐらいおかしいのが普通なのよ・・・・。えっ、私何言ってるんだろう!?」
要約すると、僕がおかしくなっているのは戦場のせいで、今の状態はおかしくなってると言われているのか・・・・
つまり、遠まわしに拒絶されている・・・・
「ぼ・僕なら大丈夫です。皆がいますから」
KAWAさん:「そう、それじゃあ良かった。」
「それより、この先どうなるんでしょうね?」
KAWAさん:「大丈夫よ、皆いるから。あたしも守ってあげるから!!」
真面目な顔でKAWAさん。
「変ですね、KAWAさんの依頼の仕事で来ているのに KAWAさんに守られるって」
KAWAさん:「あなたと私は住む世界が違うから、役割が違うのよ」
住む世界が違うか・・・・そういう風に考えているんだ。
「でも、めっきり僕もこの世界の人ですけどね」
KAWAさん:「ごめんなさい。私が巻き込んじゃったのよね」
「ちっ、違います。僕が自分で入ったんです。arieさんや、西下さんや、所長とか・・・」
KAWAさん:「へ???」
「へ? て何ですか?」
KAWAさん:「えーっと、落ち込んでいるって・・・ 新兵の良くかかる・・」
「何ですか? それは」
どうも話が、かみ合わなくなってきた。
えっ、僕のことを警戒しているわけじゃ無さそうだ。
新兵のかかる? 落ち込んでいる?
なんか話がおかしい・・・・あっ!!
「KAWAさん、西下さんになんて言われました?」
KAWAさん:「えーっ、でも・・・」
「西下さんの冗談です。正直に言ってください」
KAWAさん:「新兵が良くかかる、うつ病になっているって。環境の変化に頭が付いていかなくて、酷い場合は自殺する事もあるって・・」
慌てて、机の上のインカムに電池を入れてスイッチを入れ西下さんを呼び出した。
「西下さん!!」
インカムの向こうからは笑い声が聞こえていた。