伊藤探偵事務所の混乱 74

erieriさん:「いい度胸をしているわね、どうも命はいらないようね」
顔に付いた液体をぬぐいながら、erieriさんは言った。
ただの威嚇で、つばと言うのか体液と言うのかいわゆるその程度のもののようだ。導見ても毒や薬のようなものでは無さそうだ。
本能的に使った武器なのか、それとも彼らの戦いの儀式なのかは想像も付かなかった。
ただ、怒らせるのに一役買った事だけは確かである。
arieさん:「手を貸そうか?」
erieriさん:「今手を出したら、あんたでも許さないわ」
視線は、狼男たちの消えた辺りに向けたまま、arieさんに言った。
arieさん:「殺されかけたことは有っても、許された覚えは無いけど」
erieriさんは聞いていないようだった。
再び、狼男たちが気配を消した。
しばらくの沈黙が続き、今度沈黙を破ったのは僕だった。
いきなり、何も無いところから腕を力任せに引っ張られた。
腕に、知らない間にerieriさんの糸が巻かれていたようだ。
痛みで、歩いたと言うよりも 力任せに飛ばされた。
「うわ〜」
erieriさんの方に向かって、何度か地面に足先が付いたが何度かに分けて引かれたからでそこで着地して飛んだわけではない。
そのままerieriさんの前に付いたところで、一瞬の間が出来た その瞬間erieriさんの左手、僕からは正面に狼男たちの影が浮かび上がった。
「来た!!」
僕の叫びを聞いたのか聞かないかのうちに 糸の付いた僕の腕を掴んで狼男のほうに投げ飛ばした。
一気に距離を詰めてきた狼男。
投げ飛ばされる僕。
「あ〜れ〜」
恐らく驚いたであろう、彼らから見たら仲間を投げ飛ばしたわけだから。
相手は、衝突を避けようと体を右に振った。瞬間、僕は又 糸で空中停止されせられた。
そして、そのまま今度は胸に巻かれた(だからいつの間に?)糸で、目一杯引き戻された。
「うげっ」
胃の中の物が口から戻って来そうになったが、そういえば何も食べていなかったので 口からは何も出なかった。
狼男は、すこし横に寄ったが 当然erieriさんに向かってくる。僕は自分の意思ではないがerieriさんに向かって飛んでいる。
erieriさんの前に出るのは狼男のほうが早かったが、速度は空を飛んでいる僕のほうが速かった。
つまり、狼男に対して後ろから僕は衝突した。
毛は、思ったより硬く たわしの柔らかいような感触であった。
そして、その感触を楽しむ間もなく(楽しみたくはないが)衝突した痛さに変わった。
低い位置をキープし突っ込んできた狼男にぶつかった僕。
上から覆いかぶさるようにして狼男を潰した。
狼男に向かっていたのは、僕だけではなくerieriさんも正面きって進んでいた。
そして、狼男の上に乗った、僕を踏み台にして高く飛び上がった。
元々、僕を避けるために横に移動した狼男。
真っ直ぐ、前の狼男に隠れて飛び込んでくる後ろの狼男になる筈だったのだが 前の狼男が横に移動したために 唯の二匹の攻撃になった。
視線が安定しない狼男たちは、erieriさんの姿を捉えることに失敗した。
そして、目標を失った狼男たちは とりあえず僕にむかう進路に変更した。
少なくとも、彼らの目には僕は、仲間を押しつぶしている敵に見えたのであろう。
“ぐぎゃ”
向かっていたはずの狼男が首から後ろに折れ曲がるように倒れた。
二匹とも。
erieriさんのヒールは、寸分たがわず狼男の脊髄と思われる場所を狙っていた。
erieriさん:「ふん!」
今までの動きが早かっただけに倒れこむ速度はスローモーションに見えた。
地面に倒れこんでも、狼男たちは声も上げなかった。
唯一、僕の下の狼男が暴れている。
しかし、その目は怯えた負け犬のものになっていた。
arieさん:「あれ?、人の助けは借りないんじゃなかったの?」
erieriさん:「誰が、助けを借りたって言うの?」
「いってー、押しつぶしている手前、動けなかったがあちこちを一気にぶつけたのでとりあえず五体満足かを確認した。
arieさん:「そこで、潰れてるわよ」
erieriさん:「ふんっ!、道具は人とは言わないわ 周りに適当なサイズのものが無かったから使っただけよ」
使われたほうの身になって欲しい。
arieさん:「人類学者は悲しむでしょうね」
erieriさん:「ネアンデルタール人が欲しければ、下敷きになってる奴でも解剖すればいいわ。良い子の目になってるから」