伊藤所長台湾に行く(伊藤探偵事務所シリーズ 番外編)

伊藤所長:「急げ、間に合わない!!」
頭が痛いのは昨日飲み過ぎたのが原因だけど、その原因に急かされることが我慢できない。しかし、言い返すだけの元気もなかった。
頭の中は、何か霞がかかったようで その霞が時々ショッキングな色に染まり まあ、赤だったり黄色だったりするわけだが それが何処が境界線か判らないのに急激に縮まる瞬間に激痛が走る。
目を閉じると、眩暈がするが目を瞑らずにいられない程に痛かった。
思い出すと、西下さんが潰れた所までは覚えているが それ以降の記憶がない。珍しく早起きをしているarieさんが目を細めて嬉しそうに眺めている。
何時もなら、待ち合わせ時間の20分前の時間を待ち合わせ時間と伝えても 来る確立は50%。
ネームバリューに支えられた はったりと、二日酔いで疲れ果てた顔が相手には信じさせるのだが所長の一言で多くは収まる。
「実は、事件が。警視庁の依頼で断れなかった。 殺人事件だから・・・」
私が聞いた事のない事件の話を所長は始める。
仕事の話が始まるのはたっぷり一時間後である。勿論、其の話の事件なんて存在しないし、異常に長い言い訳に過ぎないことを知っているのは僕だけである。
ただ、所長を呼び出してまで解決したい事件など、本当はなく ただのブランド志向の一つであり事件の解決を望んでいるわけでなく そういったニーズに適合した会話である以上顧客の要求に最も適した接客である。
勿論、事件の解決はいつも所長ではないのではあるがそれでも解決したのは「伊藤探偵事務所」である。顧客にとっては同じことである。
ただ違うのは、ご招待の食事にありつけるのが所長だけであることである。最も、時々は僕もご相伴に預かっているわけであるが
何時もそんな所長が、今日に限って早く起きてくるのである。
正確には所長が早いわけではなく、僕が遅いのであるが。
頭痛の頭を抱えながら、用意をする。
そんなことはいいからと、所長にそそのかされて飲み始めて、この始末である。
しかし、早く起きても準備を始めてくれるわけではなく ただ、気持ちを高めているだけの所長。
西下さんは起きてこないし、Arieさんに至っては人が慌てているのを見ているのが楽しいほうである。結局二日酔いではあるが、僕が用意するしかないのである。
とにかく手近な服を集めて、鞄に詰め込んで言った。
「行きましょう!!」
僕は、所長の手を引いて飛び出そうとした。
arieさん:「いい事教えたげるわ」
僕の耳をつかんで、飛び出そうとした僕を止めた。
「いって〜!! 何するんですか!!」
Arieさん:「あら、そんな言い方するんなら 教えたくなくなっちゃったな」
「まってください、お願いします。教えてください!」
別に、聞きたかったわけじゃなかったが このままにしておくと復讐が待っていることが容易に想像できたからである。勿論、僕にとってみれば一方的な嫌がらせなんですが、彼女にとっては 許されざるべき正当な行為だからしょうがない。
おそらく、聞くまでは開放されないことも想像に難くない。
Arieさん:「いい、所長はおっきい子供なの。だから、遠足の前は元気なのよ」
何だつまらない・・・と 思ったが意外と真実かもしれない。
何時もなら、眠そうな目をしている所長の目が輝いていた
「ありがとうございます」
Arieさんにお礼を言いながら、そのまま駆け出した。
いつも、平常心を失わないぬりかべさんが車にエンジンをかけて待っている。
「ぬりかべさん、間に合いますか?」
ぬりかべさん:「Arieさんの運転なら間違いなく間に合うんだけどな」
後ろを向きながら、妙に嬉しそうに言った。
Arieさん:「あたしの運転には、日本は狭すぎるのよ!」
表まで送りに来ていたArieさんが言った。
Arieさん:「いってらっしゃい」
僕も所長も手を振って答えた。
車が発進してから、小さな声で言った
「頼まれても、Arieさんの運転には乗りたくない」
所長とぬりかべさんが大声で笑った。
僕も一緒に笑った。
二人の笑いの理由に、僕の気持ちが凍りついた
Arieさん:「帰りを楽しみに待ってるわ」
カーラジオから聞こえる声は、Arieさんのものであった。
どこに、盗聴器が仕掛けられているかわからない・・・・
帰ってからのことは帰ってから心配して、出かけけることにしよう。
何処までが偶然で、何処までが必然なのかは判らないが 初めて行ったスーパーの福引に当たって出かける台湾旅行の始まりである。
仕事で出かけるのでない、所長との始めての旅行である。
酒と、酒と、酒と・・・・そして、何があるのか判らないが 頭痛で廻らない頭ながら、なんとなくわくわくした気持ちが胸の内から湧き上がってきた。