[おはなし]凶器

朝は、おいしいトースト。
馬鹿にしたもんじゃないです。すごくおいしいです。
なんといっても北海道は乳製品。ここだけの特別な食べ方だと思いますが溶かしたバターに隠し味のしょうゆ。それを塗りつけるわけではなく たらすように染み込ませたトースト以外にはコーヒーだけで十分です。
でも、卵もジャガイモもおいしい朝ごはん。
二人っきりの時間だ。
こっちへ着てから、毎晩撮影会。
カメラは夜中中空を眺めていて、朝方に帰ってきては現像して眠りに入る。夕方までは起きてこないのがカメラ担当。もちろん、イラスト担当者も同じ風景を眺めて筆を走らせる。
私だけは、暗いところでイメージを膨らませることはできても実際の文章は昼間に書いている手前、朝から起きている。
そして、たっぷりドレッシングのかかったサラダをフォークに刺し振り回しながら話す一帆。
今日の話題は、ソフトボールか小ぶりなマスクメロンぐらいのサイズの鉄球で、人を殴り倒す手法の問題。
「殴り倒すのは問題はないでしょ、後はアリバイ工作どうやって凶器を隠すかよ!」
確かに鉄球で殴り倒されて元気にしているのは超人ハルクドラゴンボール孫悟空だけかもしれない。
「必然性は?」
いつも、いきなりの質問に話がなかなか繋がらない。
シトロエンに乗っているみんな持っているよ。だからあってもおかしくないでしょ?」
持ってない、持ってない。車に乗っていて予備部品を常に積んでいる人なんてそんなにいないって・・・
一帆が言っているのはシトロエンの部品。
ハイドロニューマチックと呼ばれる 油圧車高調整システムの重要な構成部品である「アキュムレーター」と呼ばれる部品。
油圧の瞬間的な変動に対する緩和の為のダンパーのような働きをする部品で、非常に高圧のガスを内包する為に、前述どおり丸い鉄球なのである。
この部品が劣化すると、オイルシステムに大きな負担がかかり故障の原因となる重要な部品であり、確かに持っている人がいてもおかしくないけど これってシトロエン ローカルルールーですよね! 誰も知りませんって。
ただ、超高圧を支える為に分厚い鉄製なので 人を殴り倒すぐらいは できそうでは在ります・・・・
「その凶器をどうやって隠すの? 確かにあっても不思議はないけど 血の着いたまま車に取り付けていたら隠し切れないでしょう」
大前提は置いといて、話を先に進める。
「そこなのよ、あれって小さな高圧ガスタンクでしょ?」
確かに中にはガスが詰められていて、かかった圧力を吸収する働きをする。
「そうだよ、それで?」
頭の中にイメージはできたけど、あんなにがっちりしたものを隠すイメージが思いつかない。
「だから、暖炉に隠すの! そうすると、熱で膨張して 跡形もなく爆発するでしょ」
面白い発想である。ガスがいっぱい充填されたガスタンクを火にくべて爆発・・・・
「訳無いでしょ! 車の部品に爆発するようなガス使いませんって! そんなことしたら衝突事故が起こるたびにあたり100m四方が無くなったら危なくて道歩けません」
全く発想は面白いけど非現実的である。
「じゃあ、計画的殺人だから ガスを可燃性のものに入れ替えとくとか・・・」
結構考えたらしく、一言の元に否定されて口を尖らせて言う。
「爆発の条件って知っています? ガスに火をつけても燃焼はするけど爆発しないですよ 少なくともあんなに分厚い鉄板を突き破ってまで・・・」
フォークでこちらを指差すように言う。
「亀裂を入れとくとか 方法はあるでしょ!」
おそらく本人もだめなことは判っているんだと思うが意地っ張りなので最後まで引かない。
「じゃあ、言い換えましょう。ミステリーのトリックとして成立したとして それをどう説明します? 普通の人はそんな部品の事なんて知らないし 車に積んでいることが普通の人がいるなんてイメージできますか? そんなこと説明したらトリックがここにありますよって言っているようなものじゃないですか? どう考えても使えませんって。」
体を乗り出すように訴えた。
「ミステリー作家と ミステリーマニアの違いって知っている?」
突然話題を変えた。
「さあ、作家じゃないから作家の気持ちはわかりませんから」
得意げに言う 一帆。
「見る人を意識しているか、意識していないかの差よ。」
なるほど・・・
「と言う事は、作家の才能があるってことかな?」
一テンポ遅れたけど、ほめられていることに気がついた。
「でも、優しくないから今日は口聞かない!!」
口の中に指を入れて、下のまぶたを引っ張りながら「イーッ」ってこちらを睨みつけている。
そのまま椅子を回して向こうを向いてしまった。