伊藤探偵事務所の混乱 53

けたたましい音と土煙を上げて車は爆走する。
昔、爆走〜とかいう映画があったがオフロードで無くて良かったなと思った。
最初から乗っていた婆さんなんかは開始5分で心臓発作か打撲で命を失うだろう。
僕も、既に何十箇所かの打撲と何箇所化の出血が確認できたがどれもどこからかを特定することが出来なかった。
プロのラリードライバーの事を、すごい人達だと思った。
砂漠と言えども砂だらけということは無く、あちこちに岩が出ており たちの悪いことに砂で埋められていて そこに岩があることはなかなか確認できない。
ましてや、高速で走る車の中からなんて不可能である。
出来ることは、地面からの衝撃を受けた時にいかに受け流すかにかかっている。
受け流すことに関しては ドライバーの技量で車が横転をしていないことを思えば十分うまいのだろうが衝撃を受けないわけではない。
その衝撃が、車の4輪全てから来て つまりあちこちの方向からめいめいに起きる振動によって 視線が定まらない。
つまり、目の前のものに目の焦点が合わせられない状態である。
車酔いという症状が 吐き気がして目が廻って、頭が痛いことをそういうのであれば、乗った瞬間からそうである。
ただ、少し違うかもしれないのは 頭の痛みは打撲によるものか 運転のせいかすら特定できないことだった。
シェンさんは荷台であきらめたようで、周りの寝袋やテントを体の回りに集めてじっと耐えている。
恐ろしいことには、荷台には水の巨大なタンクと ガスのボンベが乗っている。
見るからに、荷台から羽の生えたように空に舞うボンベやタンクが体に落下してくることがあればきっと痛いでは済まないであろう。
だが、手を出すことも何も出来なかった。
勿論、僕が手を貸せるぐらいであればシェンさんが自分で何とかしたであろう。
窓から、時々見えるarieさんの乗った車?
流石である、というか向こうに乗っている所長やぬりかべさんが心配である。
時々、インカムからは所長と思しきうめき声だけが流れてくる。
西下さんが時々、位置の調整や到着までの状況を報告してくるが、僕の頭は既に物を考えることを拒否してトランス状態にあった。
恐らく、これも想像でしかないが、KAWAさんが僕の左手を握って押さえてくれているようだった。
KAWAさん:「おねえさん、左!」
こちらの騒音が煩いからか、相手の音が静かだからなのか目視できるまで気がつかなかった。
勿論、目視も風の向きが変わって 土ぼこりの方向が変わったから見えただけである。
KAWAさん:「何あれ?」
後ろから追い上げてきたようである。
erieriさん:「何でもいいけど生意気ね!!」
一層アクセルを踏む足に力が入った。
右に左に振りながら後ろから追ってくる影を引き離そうとした。
しかし、一向に引き離せなかった。
どころか追いつかれているようだった。
arieさん:「追いつかれてるじゃない、腕が鈍ったんじゃない?」
erieriさん:「そう思うなら、先に行ったら?」
arieさん:「うちの社員も入っているから待ってたげてるのよ! 感謝なさい!」
そういう、二人の声には余裕が無いようだった。
KAWAさん:「追いつかれそうです」
arieさん:「駄目みたいね」
erieriさん:「駄目そうね!」
arieさん:「そっちは何人生きてる?」
erieriさん:「私も込みで二人かな、3人目は5分ぐらい抜け出すのにかかりそう」
arieさん:「あたしのほうは、二人かな?」
erieriさん:「サイズからゆくと、装甲車かコンボイクラス」
arieさん:「何積んでるかよね? でも、悩んでみてもしょうがない!」
今までに無い衝撃が、胸に走った。
胸をというよりも お腹ごと押し付けられたような衝撃。
横向きにかかる力に頭だけが耐え切れず、首から上が大きく流れるように引っ張られた。
「ぐっ」
うめき声は普通に出るんだ と 妙なことに自分で感心してしまった。
強すぎる衝撃は、スピンターンで起きたもので、ターンした直後後ろ向きに駆動力をかけて強制的に止まったことで 体には耐え切れないほどのGがかかったようだ。
後ろ向きに(方向的には前向きに)砂煙を大きく巻き上げて車は止まった。
KAWAさんの手が、僕の手を握っているのが確認できた。
なぜなら、止まった瞬間にその手を引いてKAWAさんが僕を車の外に連れ出した。
勿論、erieriさんも飛び出した。
降りたところには、arieさんとぬりかべさんに抱えられた所長もいた。
arieさん:「土煙が上がっている間に・・・・」
喋り終わる前に、サーチライトが僕たちのいる空間だけを照らしていた。