伊藤探偵事務所の混乱 33

その後、老さんから話を聞くことは出来なかった。
と、言うよりそのまま奥に姿を隠し出てくることは無かったし、それを追うことは誰にも許されなかった。
とにかく今は合流を喜ぶべきであろう。
erieriさんには不満は残ったが、言っても始まらないので 無理にでも押さえつけたようである。
少なくとも僕は今近づきたくなかった。
arieさんも、不満そうであったがここでの習慣というか決まりのようなものを良く知っているのはそれ以上の追求は無かった。
僕には疑問だけが残された。
シェンさんやKAWAさんの態度、普通に考えればerieriさんの反応が自然にすら感じられた。勿論、人としてどうかは別問題としてだが。
そして、arieさんの呼び出しに答えて人を迎えによこしたこと。
何より、円形の城壁に包まれたこの建物について。
外に開かれた入り口は一つしかなく、常に硬く閉ざされている。
しかし、中はきわめてオープンで仕切りこそはあるものの、鍵すらも存在しない。
中には、食料確保のための畑や、井戸もあり暫くの間であれば下界との接触を絶つて暮らす事すら出来そうであった。
まるで、昔の城のようなつくりでありながら、決して豪華でない中身に。
まるで、敵が未だに侵略してくるかのような佇まいであった。
僕が通された部屋も、今までの盗賊の隠れ家に相当する程度であり、本拠地という名称が納得いかなかった。
唯一、あの“老”と呼ばれたおばあさんの迫力だけは僕にも感じられた。
KAWAさんやerieriさんが無意識に反応してしまうほどである。それも、身構えなければいけない相手である事。
謎の男にさえ、反応しなかった二人の本能を怯えさす相手であることは確かである。
解らないことだらけである。
とにかく長旅の疲れが出て、と言うよりも昼間に寝るリズムが出来てしまっていたのでベッドに横になった。
硬いベッドであるが、ベッドがあることが心地よかった。
「はー」
倒れこんだベッドから見た壁に男が一人立っていた。
「ひっ!」
思わず声が出た。
「誰ですか?」
体は身構え、arieさんたちのいる個室までの道を頭の中でシュミレーションした。
男:「“老”がお呼びだ」
こちらの質問は聞こえていないようだ。
一方的に、用件だけを伝えてきた。
そして微動にもしない。
恐らくであるが、僕が部屋に入ったときから彼はここにいたのであろう。
そして、僕が出向くまで彼はそこにい続けるつもりなのであろう。
それほどに“老”の影響力が大きいのであろうと容易に想像させた。
「わかった、案内してくれ」
ベッドから立ち上がると、彼は返事もせず、入り口から外へ向いた姿勢で、僕の来るのを待っていた。
後ろも見ていないのに正確に測ったように1mぐらいの距離を保ちながら僕の前を歩いてゆく。
少し、といっても2割程度大きいだけの部屋の前まで行った所で、男は頭を下げて廊下を後ろ向きに歩いて下がっていった。
老:「わしは耳が良くない、入って近くまで来ておくれ」
彼女の言葉に逆らえるものがいるのだろうか?言われるままに部屋の中に入っていった。
普段なら、警戒心が働くのだが 今だけはまったく働かなかった。
「はい」
誘い込まれるように部屋の中に入ると、老婆が一人だけ座っていた。
老:「悪いが今日は疲れたので、わしだけ座らせてもらう」
「どうぞ、お気遣い無く」
なにか、嬉しそうに笑ったような気がする。
周りを見回したが一人だけのようだった。
老:「心配しなくて良い。だれもいやせん。」
僕が周りを見回したのは、所長やarieさんがいてくれないかと言うことだったが違う意味に取られたようだった。
「いえ」
老:「さて、日本人 お前があのスカーフの持ち主らしいな」
「そうです」
突然スカーフのことを聞かれた。
老:「あのスカーフで、何が成したい?」
質問の意味が良くわからなかった。しか、射すくめられるような目に何も答えないことが出来なかった。
「彼女への、プレゼントです」