伊藤探偵事務所の混乱 39

朝は、質素な食事であった。
揚げたパンのようなものと、おかゆのような物であった。
これも、昨日の話しの通り味付けが質素な物だった。
勿論、食べた事の無い物だったが どこか懐かしい味のするものだった。
そして、どこからとも無く老婆が現れてポツリポツリと話を始める。
老:「どこまで話したかのう?」
arieさん:「そのスカーフの力ぐらいかしら?」
老:「そうか、所で望みは決まったか?」
「はい、取り合えずですけど」
所長:「俺なら、世界中の美女をはべらすか・・・」
なにか誰かに聞いたような台詞。俗っぽい話として当たり前の欲望なんであろう。
arieさん:「茶化さない」
老:「よいよい、何も望みは一つとはいっとらんからな。で、何じゃ?」
「はい、このスカーフの示すところまで行ってみたいと思っています」
老:「何故じゃ?」
「貴方がおっしゃった事です。僕がこのスカーフに選ばれたと言う事は このスカーフに導かれているのではと思うんです。今、僕に望みはありません。ですが、所有者を僕にするだけなら選ばれた意味がありません。と言う事は、呼ばれてると思ったんです」
老:「そうか、呼ばれているか では、しょうがないな」
「はい、そう思います」
そして老婆の話は続いた。
砂漠の中で塩が取れるのは、砂漠の中に点在する岩山のホンの一握り。
そして、それは殆ど人の踏み入らない山の中にあった。
山の中には、掘って結果塩の出なかったところもある。
岩屋までの塩の発掘は、金属や宝石の発掘と同じで 地表の中の地層に沿って採掘してゆくのである。
故に、あちこちの岩山に多くの洞窟を作るようになり、その場所も一族の間に伝えられてきた。
そして、その洞窟は次第に 世に出てはならない物を貯めるようになっていった。
中国の歴史は、王朝の世代交代の歴史。
歴史の舞台の外にいる彼らゆえに、その影響を色濃く受けた。
逃亡してきた王朝の重鎮たちがもたらす、王朝の恥部や暗部の情報と門外不出の宝物
も飲み込んでいった。
次第に、溜め込んだ物は大きくなり、その価値を知った者たちの望む物となっていった。
後のトラブルを避けるために、彼らはもっとも見つかりにくい岩山にそれを隠し、たった一枚の地図をそこまでの道しるべとした。
時代とともに、溜め込まれる宝物も複雑化し、王朝の没落を見守る物、敗戦国の忘れ形見や 国そのものが崩壊したときの暗部までもが溜め込まれる事になった。
 
そして又、話がそこで終わってしまった。
まるで、誰かをじらすかのように。
いわゆる、溜め込まれた宝の成り立ちを聞いただけだった。
だが、僕以外の大多数がそういう風には聞いてはいなかったようだ。
特に、KAWAさんには衝撃が大きかったようだ。
所長は、予想していたのか興味が無いのか普通に聞き流しているし、arieさんは知っていたようだ。
僕には想像の付かないものばかりなのでなんともいえない状態である。
もしかしたら、僕に理解する時間を与えるために ゆっくり話しているのかもしれない。
あとで、KAWAさんと話をした。
KAWAさんの予想によると、ロシア王朝ぐらいは宝石でよいのだが その後のは洒落にならないものかもしれないとの事。
それこそ、核爆弾や生物兵器を眠らせていてもおかしくない。勿論、本物かただの製法かは解らないが・・・。
問題は、その中に日本政府の暗部が含まれていたかどうかがKAWAさんの任務の大部分を締めるものである事は後で解った。
つまり、KAWAさんの任務は証拠隠滅という、きわめて後ろ向きな物だった。
だが、世界的な問題を今更蒸し返すべきものでもないし 経済的影響を考えればやむ終えない対応であった。
この仕事に関しては、所長はただの興味。
arieさんは恐らく、その中にある宝石の何か一つと言うところであろう。
ぼくに、興味のあるものが無いからだろうか すこしむなしくなってきた。
ただ、予想を越えた物が出てくる可能性がある事は十分に想像できる。
見つけた後どうしたら良いか。それに関しての結果が出ないまま宝捜しに出向く事になりそうである。
西下さんじゃないが(ここは、何故か電波を通さないため連絡不能である)、世界中の情報を握ってどうする?
そして、そのリスクを考えると・・・・
しかし、みんなの態度を見ると引くに引けない状態である。このまま進めて良いのか?
いや、みんなのせいにしてはいけない。僕の中からそういう欲求が改めて湧き上がってきた