伊藤探偵事務所の混乱 66

所長:「困りますね、勝手に囮になんかなられたら。」
真面目な台詞を喋ってはいるのだが、態度は極めて不真面目。
頭を踏まれた事を根に持っているのか、首を後ろに折り曲げて上下逆の状態で喋っている。
辛くないのだろうか? と心配になる姿だった。
KAWAさん:「何で来たの?」
KAWAさんの表情は見えないが、苦しそうな声で言った。
そう、まだKAWAさんは僕の腕の中でうずくまっていた。
KAWAさん:「離してくれる!!」
かなり怒った声で言った。
「あっ、はい すいませんでした。」
きっと、腕がKAWAさんの胸の辺りを押さえている。
気をつけてはいたが、そんな余裕が無かったのでいままで手の場所まで考えなかった。
「えへへへへ」
怒られそうなので、しまりの無い笑い顔でKAWAさんと向き合った。
KAWAさん:「貴方は普通の人なのよ、危ない目に合わせる訳には行かないのよ」
怒っているのか、泣いているのか KAWAさんが言う。
「KAWAさんも、僕にとっては特別な人なんです」
あまりの剣幕で怒鳴られたのに、気後れするどころか言い返してしまった。
数秒の、いや数十秒にも感じられる沈黙があった。
KAWAさんの表情は、表現の出来ない 複雑な変化を刻々と繰り返す。
決して微笑んでいるわけではない。戸惑いや怒り 考え込んで戸惑う と言うような表情がくるくる変わる。
僕は、その時間の間に 多くの後悔を積み重ねていった。
元はと言えば、僕のミスがこんな事態を・・・、とか 怒ったKAWAさんを、もっと怒らせてしまったとか、嫌われただろうとか・・・・
最後に、最大の後悔が襲ってくる。
よりによって、愛の告白をしている。
気が付いた瞬間から、顔が赤く変わるのを止める手段が無かった。
そして、頭の中が白くなって 思考が停止した。
ぬりかべさんが、僕を起してくれた。
KAWAさんを抱えた手は離していたが、横向きに寝たままだった。
そして、起し上げて嬉しそうにぼくの服の砂を払ってくれた。
多分、僕の感じた恥ずかしさの理由に気が付いたのだろう。
KAWAさんも沈黙を守っている。
所長:「うちの副所長の言うとおり。我々は依頼主を失うとここまでの費用が出なくて飢え死んでしまうんだから」
「そ、そうですよ KAWAさん」
所長の出してくれた助け舟に後先考えずに飛び乗った。
西下さん:「少し無茶でしたね」
KAWAさんは、表情を曇らせたまま考え事をしている。
目が潤んでいるのは、涙のせいだろうか? どこか痛めたんだろうか?
少し顔を伏せ、そして顔を下に向けて、右手の袖口で顔をぬぐった。
ゆっくり顔を上げたときには、少し微笑んだ何時ものKAWAさんだった。
無理をしているのか、口元が少し揺れている。
僕に向かって、飛び込んできた。
体中が悲鳴を上げた。しかし、嬉しかった。
今回は、やわらかいKAWAさんだった。
背中を、ぬりかべさんに支えられてKAWAさんを受け止めた。
ぬりかべさん:「今度は背中に銃は当たらなかったろう」
「あとで、背中に足跡付いていませんか?」
ぬりかべさん:「しょうがないだろ、はずす暇が無かったんだから」
「KAWAさん、大丈夫ですか? どこか痛くないですか?」
KAWAさんの顔は、僕の肩の上にあったので顔は見えなかったけど 何度か頷くのが肩越しに感じられた。
ぬりかべさんが足を引いて、僕はそのまま後ろに倒れこんだ。
ぬりかべさん:「いつまでも甘えてるんじゃない」
倒れたのは、僕だけでKAWAさんはそのまま起き上がりぬりかべさんのほっぺたにキスをした。
KAWAさん:「ありがとう」
僕は倒れこんだまま、目の上ぐらいでKAWAさんがぬりかべさんのほっぺたにキスをするのを見て 少し残念だった。
シェンさん:「で、次はどうする?」
所長:「おれは今日働きすぎたから、もう何もしない」
先に所長に言われてしまった。
「このまま、目的地に!」
シェンさん:「了解!」
ぬりかべさんのほっぺたからKAWAさんの唇が離れ、手がぬりかべさんの肩から離れた。
そして、そのまま下に落ちてきた。
「うげっ」
僕は、KAWAさんにそのまま潰された。