「伊藤探偵事務所の憂鬱2」

「とりあえず、先にご飯を食べたら?」 珍しくやさしい口調と聞こえてくる鼻歌の不気味さが 食事のペースを遅くさせる。
機械の森の主は、珍しく忙しげに動いている。ぬりかべさんはご飯の最中に出かけてしまった。

「で、さっきの電話なのですが」 僕はご飯を 時間をかけてようやく食べ終わって言った。
「ああ、仕事の依頼 お客さんの所までお願いね ちゃんと領収書貰ってくるのよ」
ちょっと、「どういった仕事ですか?」
「簡単よ、警察が解けない盗難事件の捜査をして 解決するだけの仕事よ それも礼金たっぷりの」
冗談じゃない、そんなことができるぐらいならこんなところで働いてない。
「まあ、坊やはお話だけ聞いといで 所長に頼まれたんでしょ」
そりゃあそうだが・・・
「所長は、浮気と探人、身元調査以外の仕事は断れと言われていますから」
そこの見えない笑顔をと共に
「あたしにも逆らうなって 所長は言わなかった?」
その後、顔を見る勇気も無く
「行ってきます・・・・・」

デパートの喫茶室というのは 決して待ち合わせに向いた場所ではない。周りが騒々しく オープンな雰囲気は人を見回すには向いているが 隠し事をするには向いてない空間である。
明らかにこちらを信用していない視線と 何か怒られているような部下らしき男の姿 何を話しているかは察しの悪い僕でもわかった。
「先生はどちらに?」割腹のよさそうな 悪く言えばしまりの無いおなかの
名刺には百貨店 総務部部長の肩書きのついた男 菅原氏がいきなりしゃべった。
「はじめまして 私所長代をしております・・・・・・」

明らかにいやな顔をしながら話が始まった。
省略されすぎていたけれども、おおむね聞いた話に間違いは無い。
百貨店が起死回生を狙って行った世界にひとつしかないダイヤモンド「グリーン マリオン」を目玉とする展覧会の目玉が無くなった。
ここで、この百貨店の命運は尽き 例え保険でダイヤモンドの代金に掛かっていても このセールの失敗はそのまま倒産への一直線。
警察の捜査が進まない今、どんな手を使っても見つけなければならない。と説明されたのですが ? どうも そう切羽詰った状況とはこの男の表情からは伺えなかった。
とはいえ、警察と同じ捜査を依頼されたのではなく、事件当日から無断欠勤の続いている社員の捜索が表立った依頼である。
関係があるとは思えない部署の人間ではあるが 藁をも掴む思いの捜査だそうである。
何か、しっくり来ないものを感じながら 総ての部署に入れる社員通行書と手付金を預かって喫茶室を後にした。
最後までいやな視線で「よろしくお願いします」 と 頭も下げずに見送ってくれた。

にわかとはいえ探偵の端くれである。現場を見にエスカレーターで催し物会場まで 8回催し物会場につく手前 7階で掃除のおじさんに呼び止められた。
「ぼうや、いいものをあげよう」
といいながらこちらを見る顔から ひげを剥がして見せた顔は自称 「情報屋」であった。
「何でこんなところに?」
こちらの言葉が聞こえないかのような態度で続けた
「いいか、囲まれて襲われるような状況になったら ピンを引いて投げる その時は目をつぶる。 いいな」
気がつかない間にポケットに何か入れて さも知り合いでもなかったかのように人ごみの中に消えていった。
「なんなんだ?」