伊藤探偵事務所の憂鬱 43

KAWAさん:「甘いものが切れちゃった。 付き合って モバちゃん」
突然、KAWAさんが切り出した。
「あっ、はい」
何だろう、もちろん二人っきりでデートなんてことは 考えていませんでした。本当ですよ!
「ちょっと出て来ます」
arieさんは 未だwhocaさんと話している。
西下さんは 奥に引っ込んで何か作業を始めた。ぬりかべさんはいつものごとくいなくなっていた。

表に出ると、もう夜なので辺りは暗かった。
知らない間に雨が降っていたようで 道路が濡れている。
周りには人家が無い。ぽつぽつと 広い間隔で並ぶ街頭。地面にちらちら反射して 足元を照らしている。
いつも短いスカートのKAWAさん 足元のシルエットが反射した光の中に浮かび上がっている。
決して高くないヒールだが、足首が立ち上がった所のくぼみまで浮かび上がっていて 別に妙な趣味があるわけではないが 匂い立つような色気を感じた。
KAWAさん:「どこ見ているの!! 足は ブーだからじっと見ちゃ駄目だよ」
「そんなこと無いですよ 色っぽい」
KAWAさん:「馬鹿、本気で答えてどうする」
本当に照れたようで 足早に歩き出した。
大きく広がっている 長い髪の毛の先に水玉が付いているようにきらきら光って見える。
KAWAさん:「いつものお店でいい?」
動きの止まっている僕にKAWAさんが振り返って聞いた
「えっ、未だ開いていますか?」
KAWAさん:「あれ、行ったことがないんだ。いっつも モバちゃんたちが寝た後も開いてるんだよ」
そうか、長い間KAWAさんはここで僕たちを監視してたんだ。
なんか、今一緒にいるのがすごく不思議に思えた。
KAWAさん:「今の時間だけの スペシャルめにゅーがあるの 実は」
「それで出かけてきたんですね」
KAWAさん:「あったりー」
向こうを向いて答えるKAWAさん。いつもと同じ声だったけど何か悲しげだった。
店の扉を空けると いつものおばさんが出て来た。
おばさん:「あれ、珍しいこんな時間に。 あっ、仲直りしたんだ」
「何を言ってるんですか」
おばさん:「いつものでいいかい、お嬢ちゃん」
KAWAさん:「取り合えず 二つ!」
おばさん:「何かっこつけてるんだい! こんなことで嫌になる男だったらさっさと別れてしまいな。そうでなかったら 大ぐらいだって知っといてもらいな」
「KAWAさん、好きなだけ頼んで下さいね」
おばさんの台詞に 笑いながら答えた。
KAWAさん:「じゃあどんぶりで・・・」
おばさん:「まだ照れている まあいいや ちょっと待ってな」
こもった笑い声を立てながら 奥に消えていった。

KAWAさん:「ねえ、モバちゃん まだ、仕事好き?」
「はい?」
なにを聞かれているのか困ってしまう。でもこの前の続きだったら迷わず
「はい、怖いし 困っちゃいますけど やっぱり楽しいんです」
KAWAさん:「こないだのも? 銃を持った人の前に飛び込んで?」
「聞かれると辛いんですけど でも、KAWAさんが助けてくれたし」
そう言われてみれば、でも、毎日が忙しくて 全然思い出しもしてなかった。
KAWAさん:「日本は安全なの それでも 22口径の銃なんて よっぽど当たり所が悪くなければ死なないの もっと大きな口径の銃や もっと強い武器があるの」
KAWAさんらしくない強い口調で言った。いつもの 10台ぐらいに見えるKAWAさんが 一気に10歳ぐらい年を取ったかのように感じた。
「どうしたんですか KAWAさん?」
KAWAさん:「ごめんなさい、結構 モバちゃんの事が気に入っているの。もちろん他の人も。だから、これ以上深入りして欲しくないの」
KAWAさんは 下を向いてうつむいた
おばさん:「にいちゃん、いつも 女の子泣かすんじゃないよ」
おばさんが、ワラビもちとほうじ茶を持ってきた。もちろんKAWAさんのはどんぶりに入れて。
小さなお茶碗のような器に、短冊のように切ったワラビもち。
上からきな粉が最初からかけてあって、すこし水分を吸って色が変わっている。
おばさんはテーブルに置いた後で ワラビもちの上から黒い蜜をかけた。
おばさん:「黒砂糖と和三盆で作った特製の蜜なの たべてごらん? ね、お嬢ちゃんも」
きな粉がワラビもちに絡みつく。一つ取ると 薄暗い店の中では見えなかった黒いみつが 垂れて落ちる。
口の中に入れると、砂糖も何も入っていないきな粉の甘味を黒蜜が補う。口の中に広がる清涼な感じが耳の後ろがを涼しげな風が吹くように走り抜けた。
「KAWAさん」
KAWAさんの顔は、どんぶりに隠れて見えなかった。