伊藤探偵事務所の憂鬱 57

雪の中にコンパスだけを頼りに歩き出した。
木の周りには、土が露出した部分があったが、一歩でも前に踏み出すと雪の壁が待ち受けていた。
自分の背より高い雪の壁に上るように進んでいった。
勿論、KAWAさんを おぶって。
見た目以上に重い。が、装備が重いのかKAWAさんが重いのかは判らなかった。
この状態で何を考えているのだろう・・・・・
一歩、又一歩 前に階段を上がるように足を踏み出す。雪は見た目以上に柔らかく踏みしめてもただ足が沈むだけだった。
まるでカステラの壁に押し入るように進んでゆく。
かろうじて頭だけが雪から出ているのと、重いはずのKAWAさんの体重を雪が支えてくれたので力の大半を前に進むことだけに向けられた。
今日は珍しくいい天気らしいので日光の光で表面が溶けかけているようだ。
数メートル歩いたところで 行軍が止まった。
「疲れた」
前の壁を体で突き崩しながら動くのは思った以上に体力を消費する作業で KAWAさんを助けたい一心で動き出したものの都会者の体力などたかだか知れたもの 体中から力が抜けてきてしまった。
「arieさん、ぬりかべさん」
二人がものすごく頼りになる存在のように思えて思わずつぶやいた。
arieさん:「たらたらやってんじゃないわよ」
インカムから大きな声で怒鳴られた。
「はい」
arieさん:「いい、そのまま右に15度ほど動く! ゆっくり静かに」
駄目だと思っていたけど声を聞くと元気になるのは現金な性格である。
arieさん:「そのまま20メートル程前進すると川沿いに出るから そこなら足はぬれても道はあるから体力の消費は最小限で済む筈よ」
現金な性格もそうであるが先の見えない状態が 体を疲れ以上に疲れさせるようだ。
疲れた体を引きずって、川まで抜け出した。
不思議なことにarieさんの言うとおり川沿いには雪の解けた道ができていた。
arieさん:「でも、見通しが聞くって事は・・・」
会話を遮るように耳元で炸裂音がした。
“プシュッ”
背中に乗っているKAWAさんの伸ばした腕の先には 銃がうっすら煙を吐いていた。煙なのか湯気なのかは区別がつかなかった。
「KAWAさん、目が覚めてたんですか?」
KAWAさん:「モバちゃんもやっぱり男の子! 広い背中だね」
なにか ほっとした
arieさん:「お姫様はお目覚めのようだわね」
「へとへとです、KAWAさん いつまで乗っているんですか?」
KAWAさん:「だってモバちゃんの背中大好き」
「もーKAWAさんったら、降りてくださいよ」
KAWAさん:「だめー! ここが気に入ったの」
arieさん:「お姫様はまだ動ける状態じゃないのよ 王子様はもう少し頑張る!」
KAWAさん:「違うの モバちゃん大好きだから」
ぬりかべさん:「地表から空に向けて狙いを付けて撃ってくる銃。普通のライフルのような豆鉄砲じゃない。当たり所は確認できなかったけど何本かはいっただろう。我慢できるんだったら何も言わないが?」

「本当ですかKAWAさん」
KAWAさん:「やーねー、大丈夫よ もう少し待ってくれたら」
KAWAさんが突然重くなった。気を失ったようだ。
「KAWAさん」
arieさん:「もう少し 場所と状況を考えなさい。もう少しロマンチックな場所に行ってから起こすのよ。もうすぐ合流するからそれまで待ちなさい」
「どっちへ行けば良いですか?」
arieさん:「足の震えも止まらないのに意地を張るんじゃないの そこで待ちなさい。」
地面の平らな所を探して KAWAさんを寝かせた。
まだいるかも知れない敵を探して小さな物音さえに敏感になった。
雪の落ちる音、水の流れる音、全てが敵の動向に思えた。
KAWAさんは 顔色を失っていた。
気が付けば その緑の服が白く変わっていた。
降下中にKAWAさんが体勢を入れ替えたのは 下からの狙撃に対して盾になってくれたのだ。
外傷は無いようだが僕にまで衝撃が伝わってきたのだからかなりの衝撃を受けたであろう。
「KAWAさん・・・・」
KAWAさんの言った事。
止めてくれたことが突然思い出された。
ここまで運良く進んできたこと
そして、本当の怖さが襲ってきた。
なんで、こんなところに来ちゃったんだろう・・・
自分の行動に深く後悔した。