伊藤探偵事務所の憂鬱88

神の生まれない文明はない。
遥か彼方昔から文明が生まれるたびに神は生まれてきた。
雷や天災、人の力でどうにもならない物を支えてきたもの それが神である。
天体を測位し、地球の大きさまで知りえる知能を持ったマヤやインカの文明ですら 生贄の心臓を神にささげて平安を願った。
どこでも、それがある。
アラブの国々は、殆どがイスラム教の教えを信仰している。
勿論、ユダヤやそれ以外の宗教を信仰しているところもある。
だが、過去にはどうだったのか?
中南米のマヤ・インカ 日本の神道他 何らかの形でいまも習慣や遺跡として残っているはずなのに・・・
過去には実際はあったのだ。
歴史には残らないアラブの国全てを統べる王朝と、宗教が・・・・
王朝と宗教は切っては切り離せないもの。
統一して国を統べる王朝の信じる宗教を 占領した土地全てに広めてゆくから必然的にそうなって行きます。
そして、その宗教が強力であれば在るほど、国は大きく繁栄してゆきます。
複数の宗教を抱えて、ローマ帝国のように分裂する国もあるぐらいですから 馬鹿には出来ない。特に、古代においては大きな勢力になった。
シャーマンと呼ばれる神の声を聞くものたち。
多くは、その力を浪費し 贅沢に溺れその力を失ってゆき国を崩壊させる。
だが、強力なシャーマンを持っている国が強いことも事実である。
歴史に名を残すシャーマンがいた。比喩である。今はその名すら残っていない。
だが、そのシャーマンは全てを予言した。
天候、天災、そして戦い
相手の出方が判っていれば、同数の兵を抱える国が負けるはずはない。
勝てば 兵は増え財力も大きくなり 新たな戦いが有利になる。その繰り返しである。
また、負ける戦いはしなければいい。多少不利な条件であれ 待ってさえいれば相手が弱った瞬間を見極めることが出来るんだから。
強力なシャーマンを抱えた、アラブの小国は、あっという間に古代アラブをその手中に収めた。
だが、その命令を伝達したりする事まで行えるわけではない。
本国より遠く離れた戦闘では、勝ち負けの予想や戦術を伝える統べはない。
神の傍を離れたシャーマンは、ただの人に戻る。
そんな者がしゃしゃり出ても戦いに勝てるはずがない。
唯一、その手の届く範囲に強大な王国を築いた。
天候や天災がわかれば、国民は死なず、作物は最大限の豊作を続けてゆく。
国は豊かになり、大きな繁栄をもたらした。
だが、所詮はシャーマン、神の言葉を預かるものである。
神の声を全て聞けないものや、全く聞けないシャーマンが現れる。
弱まった力は、王の統治力を弱め その国は徐々に削られていった。
そして、負け始めると 負けは連鎖する。
兵の士気や、兵の数は 神の言葉を預かっていても増えたりはしない。
何よりも弱気になった王は、戦いを好まなかった。
何代もかけて、国は小さくなり、勿論、事なかれ主義を推奨し 相手の言うがままに没落してゆく宗教は忘れ去られて行った。
何代ものシャーマンの中には将来を見通す力を持ったものも現れ、覇気の無い王を宥めながら 細々と続く今の王国に落ち着いたのは 遥か千数百年前。
人里から隠れたこの場所に築かれた王国は その場所どおり歴史の舞台からも隠れてしまった。
そして・・・・
そのときに生まれる神官の資質に拠るが概ね 暮らしやすい国としてあった。
歴史にその姿を時々、現すものの ただの属国としての名前のみを出すだけだった。
山の上の聖地に建つ神殿、神の暮らすところ。
台地の真ん中で、人の中に建つ宮殿は人の王の住むところとしてすみ分けられていた。
概ね長い年月の中で 平和に育てられた王の率いる軍隊などは、平和ボケした王と同様役には立たない。
度重なる危機にも、何の役にも立たなかったが、今は神官と呼ばれるシャーマンが その度に助けてきたのだった。
その中でも、伝説の英雄の活躍がすごかった。
実際 烏合の衆としかいえない兵の士気を極限まで高め、数分の一としかいない兵で当時世界最大といわれた軍隊を追いやったのだから・・・・
その方法は、人の道徳に則したものでなかったとしても。
人道的には、無能な司令官こそ尊ぶべきと言う。無能な司令官は味方しか殺さないが、有能な司令官は敵味方ともに命を奪うからである。
そして、英雄はその人道的な統治を行う。
行った行為を恥じるかのように。
かの英雄も、その後一切の 非人道的行為を行わなかった。
それどころか、人の非人情的行為にも過敏に反応した。
善政を引くものの、清流に魚住まずの例のとおり、早い機会に廻りの重鎮たちの薦めに従って引退した。
そして、人を避けるかのように 人に会わなくなるようになり世を去るときにも誰にも知られず死んでいった。
危険な地域として、山の上の神殿は人の入ることを禁じ、いつの間にか人の記憶からも忘れられた。
神官は、王宮に住み 王宮の中で必要の無いときには人前にすら姿を現さない影の立場に進んで歩んでいった。