伊藤探偵事務所の憂鬱95

宝物が守る方法は二つある、見つからないように隠す方法。そして、宝物を奪おうとするものに対して罠を仕掛けること。
この神殿に仕掛けられていたのは、とびっきりの後者であった。
王国の全てを見回し、近隣の諸国を見渡し 太陽が最も早く昇り最も遅く沈む場所にあった神殿は その、位置的優位性を一気に自然の法則に開放した。
もともと、二つの宝石が神の目に右目には月の宝石、左目には太陽の宝石と呼ばれるダイヤモンドがはまっていた。
月の宝石は、ダイヤとしては質が悪いのか黄色に見える宝石 太陽の宝石は見る角度によって赤く見える太陽の石。
数々の泥棒から身を守っていたのは、神の力と 壮大な罠を仕掛けた人の力である。
その力を解放したのは、神官である巫女であった。
多くの神官を道連れに神殿は大半を谷底に突き落とした。
もちろん、敵の多くを引き連れて。
崩れ落ちた神殿の後には、唯一神官である巫女が一人生き残っていただけであった。
その目は血走り、両の手には大きな宝石を持ち。
その宝石からは、血のような赤い液体が垂れていた。
宝石は真っ赤に染まっていた。
運良く神殿に入れず残された兵たちに 緩やかに歩いて近づいていた。
兵:「ばけもの!!」
兵:「神の怒りだ!」
口々に、その姿 崩れる神殿を目にした兵たちは散らばるように逃げて言った。
もう、戦意を残したものはいなかった。

崩れる音を聞いて、神殿に戻った王が見たものは惨劇の結果と 湖で身を清める巫女の姿だけであった。
王:「そなただけは・・・」
その夜、家来たちが迎えに来るまでに 神官は事態を全て王に話して聞かせた。
そして、その方法しかなかったことも。そしてその犠牲があまりにも多かったことも。
家来たちが迎えに来て、神殿を敵に破壊されたことを告げた王は、その勢いを駆って敵を迎撃することに成功した。
自らの象徴である、神の社を壊され 我を忘れている兵士と、神を恐れ 化け物を恐れている兵士たちの間の勝敗は、いくら人数の差があったとしても明白だった。
ましてや、その先頭に立つのが 血に染まる姿の巫女であれば相手の恐怖心は計り知れないものであった。
王も、狂っていた。
神官が行った事であるが、王の為に行った事である。
その犯した罪に押しつぶされまいと 勇猛果敢に攻め込んだ。
うまくいって、その場で死ねたらいい とすら考えていた。
死ねば、その汚名も明るみに出ることは無い。
王自ら敵の中に切り込めば、家来は付いてゆく。
やる気の無いはずの家来たちは、一騎当千の兵士たちに変わった。

戦いが終わって、王は善政を引いた。潔癖なまでに正義を推し進めた。
これ以上、どんな罪も犯したくなかったからである。
王は、王宮の一部を改造し神殿を作り 神官が一般市民と話すことを出来る限り禁じた。本当の事が知れることを恐れたためである。
そして・・・・
法を定めた
2度と同じことが起きないように、王と神官の結婚を認めないというものを。
そして、王は代々、その秘密を持って王位を引き継いだ。
王の資格が無いものが継いだときに何人かの狂人を出しながら継承されてきた。
最近も、約一名狂人が出た。
神官は、その体に子供を身ごもっていた。
生涯、神の子と言い張り、その後神官を継いでゆくのであるが 王より下界との接触を絶たれた彼女の子の親は一人しか考えられなかった。
そして、神官は位を引き継いだ後 どこへとも無く消えていった。
全てを見守る 宝石を一つ持って。
血に染まる姿を克明に見た月の宝石。後に一度も世に出ないにも拘らず闇の宝石と呼ばれる宝石である。
太陽の宝石は、行く年月も引き継がれる王によって浄化され 光の宝石となった。
長い歴史が二つの宝石に刻まれていた。
決して、歴史に言う 王の為に神が下された宝石でないことを・・・
いや、考えようによっては神の下した宝石かもしれない。

arieさんの話は一度そこで途切れた。
青ざめる王、そして、近来でもまれに見る能力を持ったwhocaさんもその事を知っていた。
王:「許してくれ、私はやはり罪人だ・・・」
重鎮たちも一人たりともこの話は知らなかった。
そして、恐らくarieさんの力であろう、頭の中には血の流れる様や人の気持ちまでもが再生された。
静まり返った、王の周り。
そして、会場中に響き渡る喜びの声 対照的な姿であった。
このままじゃいけない、どうにかしなきゃと思うのであるが金縛りにあったように僕は声を発することが出来なかった。
そして、宝石の悲しみを垣間見た時の事を思い出した。
宝石と亡骸の在ったことも。